休憩中、H夫婦の席で雑談。「言葉が分らなくて大丈夫?楽しんでいる?」と。そうそう、このコンサートは音楽だけでなく、歌手や司会のやりとりも楽しいバラエティー・ショーという感じなのだった。
H氏に「ベトナムの音楽をどう思うか」と聞かれた。いつものように発音とメロディーと美しさが好きと答えると、「悲しく感じる?」と。そうも感じると答えると、ベトナムでは戦争があったり、離ればなれになったり、旦那さんがなくなったり、そんな背景で悲しい歌が多いのだと説明してくれた。うなづいて聞いていると、「でも私たちはこのショーを楽しんでいますよ」と。
自分の席に戻り、後半のスタートを待ちながら、周囲の人を眺めていた。僕の前にひと組の若いカップルが座っていた。彼女、とってもNhu Quynhに似ている。少し丸顔ではあるが、髪の長さと形、ファッション、しぐさまでそっくりだ。時折、彼の方に頭をもたげて、仲よさそうなカップルだ....うらやまし(^^);;.......人気の歌手はファション・リーダーになっているのかもなあと思う。
歌は歌で、ファションはファッション、コンサートはコンサート。そこには必ずしも難民・移民の悲しさという一つのイメージが貫かれているわけではない。さまざまな受け手が様々な接し方でイベントが生まれているのだ。
後半はTruc Linh & Truc Lam から軽快にスタート。
ここで意外なタイミングでなんと漫才がはじまった。これは僕にとってはきびしい。全然言葉の分らない漫才ほど辛いものはない(^^);;;
Van Son & Hoai Linhの漫才。この二人、桂三枝と明石家さんまのような組み合わせ。ステージ中央でつっこみとボケで、見ていて楽しい。最初、ちょっと固い表情で表れた二人。会場が盛り上がるにつれ、次第に飛ばす飛ばす。
音楽イベントだからだろうか、話題は前半のトリを飾ったDon Hoのことになった。Don Hoのパフォーマンスは、混沌と苦しみをダンスで表現しながらバラッドを歌うのが十八番。取り巻きのダンサーを苦悩の対象にしつつ進む。必ず途中で美女が出てきて、「お前を待っていたんだ」とばかりの大発見のなか、バラッドは盛り上がり、抱き合って終わる...といった感じだが、これをモノ真似にして笑う笑う!バンドも混じって実際に歌っちゃったりして、たいへんな大騒ぎだ。
後半、英語での生活を題材にしたお笑いで、大盛り上がりのなかで漫才閉幕。30分、よくわからないながらも結構楽しめた。
Van Son & Hoai Linh、オンステージ。Vietscape提供
続くKhnah Lyも二人の漫才にひかれたか、そのままのノリでお笑いMCを。ブラックイングリッシュをからかうと、「キャーわたしどうしてそんなになっちゃったのかしら」とブリッコぶり。Khanh Lyがこんなに面白いキャラクターだなんて思わなかった。日本で紹介されたKhanh Lyのイメージとは大違い。
漫才に盛り上がったか、バンド演奏は格段によくなった。打ち込みの演奏をやめたのだろう、勢いのある演奏になった。
Phi PhiとBao Hanがブラコンっぽい英語バラッドをデュエットで熱唱。「今もPhi Phi先輩にならって歌を勉強中」だなんて、Bao Hanは本当にかわいいキャラクターだ。二人は声の質がそっくりなので、息もぴったり。
Phi Phi & Bao Han、オンステージ。Vietscape提供
前半同様、Lam Nhat tien、Tuy ThuyenとLinda Trang Daiと続いた。
漫才でさんざん笑われたDon Hoだが、ソロではやっぱりいつものパターンで。おもわず会場を見渡して皆の反応をうかがってしまった。どう考えても、あの笑いも思い出しながらニヤニヤしながら見ているように思うのだ。
Don Ho、オンステージ。Vietscape提供
ゴールドのドレスを着て登場したのはThanh Ha。金髪の彼女はまるでハリウッドの映画俳優のようだ。ゆったりと頭を下げ、高音にのびるときのハスキーさが美しい。上品なバラッドを歌う。まさに雰囲気はゴージャス!僕がはじめて聞いたV-POPは彼女だった。あのCDそのままの声が会場に響く。ゆったりとした時間が流れてゆく。
Thanh Haはダナン生まれのサイゴン育ち。フィリピンの難民キャンプでビューティーコンテストに優勝、94年にデビューして、Don Hoとのコラボレーション他、ソロアルバム含め作品多数。キュートでモダンなCDジャケットも、彼女のイメージにぴったりだ。
Thanh Ha、オンステージ。Vietscape提供
田舎の田園風景を思い出すような素朴な衣装に菅かさを持ったHuong Lanが登場。Chi Tamとの歌劇が始まる。ハノイで見た水上人形劇のコントを思い出す。
Huong Lan & Chi Tam 、オンステージ。Vietscape提供
演奏はやはりギターで。いったいどういうチューニングをしたら、あのダンチャンの雰囲気を出せるのだろう。あるダンチャン演奏家が、ベトナムポップスのアレンジャーは単にペンタトニックの雰囲気を入れたいがためにダンチャンなどを使いたがるので、感心できない、ともらしていたのを思い出した。いやはやギターでここまでイミテーションできれば、こうした心配もいらなさそうだ。
僕はこういう演奏を初めて見て、一瞬大同芸にもみえた。だがここにはV-POPの魅力と特徴が象徴的につまっている。一部のポピュラー音楽では、民族性の再発見とフレーバーの拡大再生産にやっきになっているように思うが、V-POPはそれを逆手にとって、モダンとそのフレーバーで味付けをすることでアイデンティティを浮きぼりにしているように聞こえるのだ。突然ダンバウの音?と思いきや、もう一人のギタリストがなんとそれもギターで。こうしたものは、時に安っぽく感じるないわけでもない。しかし、イベントはお祭りだし、奉られて箱の中ではない伝統的要素が、形式をやぶって時々のフィルターに濾されて、見ているものは楽しい....。ポピュラー音楽とは何かというテーマを考えさせられる。もし僕にベトナムの夏祭りに関する知識があれば、アメリカにおけるベトナム人移民のコンサートのエスニック・メディア性も読み解くことができるに違いない。
二人の掛け合いに拍手がなりやまない。盛り上がったChi TamはHuong Lanがステージを後にした後も独断場でソロ・パフォーマンス。でも、ちょっとやりすぎかな?ステージの司会者も戸惑い気味で、観客席も「いったいどこまで?」という雰囲気もあった。まあ、ライブならではの醍醐味で、ハプニングもいい。
ハプニングといえばここでちょっと驚いたことがあった。司会のNguyen Ngoc Nganがそろそろ終盤といった真面目な挨拶をしている時に、客席から一人の男性がつかつかとステージに近づいていった。その男性はNganにステージ下からプレゼントを渡している。色は花束のようであったが、それは花束ではなかった。旧南ベトナムのミニ国旗であった。Nganはとりたてて拒むこともなく、チラリとその旗を眺めて、一瞬の沈黙のあと、ぶらりと旗を手にもったままMCを続け、ステージ脇に去っていったのだった。
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