--第十四話--

プリティー・マジェスティック・ナイト・ショー




ちょっと懐かしい感じのカウベルの響くリズムが始まった。以前ビデオでPhi Phiが歌っていた僕の好きな曲でもある。V-POPはよくこうして同じ曲を違う歌手が歌っていることが多い。歌手の曲ではなく、曲の歌手って感じだ。

これまでドリンクをオーダーしていたり、席を探してうろうろしていた観客が、しばし顔を見合わせはじめた。そして、おもむろに立ち上がると、カップルは手を握り腕を組み、フロア中心のディスコ・スペースに向った。
そこで、なんと始まったのは、スロースロークイッククイック....対面した男女が一歩半前に進むと、一歩半後退し、腕を少し大きめに振りながらリズミカルにステップを踏む。時々クルリと回って.......。クラブでは飛んだり跳ねたりしたことしかない僕は目が丸くなった。

これがチャチャチャというものか!

V-POPの明るめな曲のこの手のリズムの曲をチャチャチャと呼ぶことは知っていたが.........それでも座って聞くぐらいの感じかなあと思っていたから、本当に踊るものだとは思っていなかったのだ。あっけにとられた。
踊り方をまったく知らないから分らないのだが、それにしても、皆が皆、めっちゃくちゃ上手いのだ!ピッタリと息があい、型どおりに踊っている。これは相当気合いを入れて練習しまくっているにちがいない。僕と同じくらいの年の人もたくさんいる。いまさらながらのカルチャーショックだ。目はすっかり踊る人に奪われてしまった。
あまり動かないTu Quyenも少しだけ軽やかになる。チャチャチャという決めで演奏は終った。そのままのリズムで終るものだったのか....。曲が終ると潮が引くように皆は自分の席に戻るのだった。

名前だけの紹介で現われた次の歌手にTu Quyenがマイクを渡すと、ドっツドドッって感じのいかにもバラッドが始まった。すると観客は、おっ、と顔を見合わせると、再びそろそろとディスコ・スペースへ。さきほどよりもやや少ないながらも、今度は肩に手をまわし背中に手を添えて、ゆったりと足を進ませる。ごく自然に、しかし踊りの型は決まって入るようだ。ロマンチックなサックスが甘い時を語る。

これがルンバというものか!

気分は嗚呼鹿鳴館。。。。ミラーボールが回っている。
さらにとびきりのバラッドにチークムードいっぱい。

こうして一曲終ると席に戻り、またチャチャチャ、ルンバが始まっては席を立ちが繰り返される。

歌手は話したり、さらに客席に向って歌いかけるようには歌わない。どこかあさっての方向を向いてなんとなくの熱唱をしているか、お仕事お仕事とさめた目で歌っているかどっちかだ。演奏が始まってから楽譜をパラパラめくって、おっと次の曲はこれか、みたいな。
客も客でステージになんて全く関心がなさそうで、踊りの相手を見つめて踊りまくり。戻ったら戻ったで、あ〜〜踊った踊った、疲れた疲れたって感じで、カクテルを飲みながらお話ししていたりする。首を延ばして歌手や演奏陣を一生懸命眺めたり聞いているのなんて僕ぐらいなものだ。こんなに緊張感のないコンサートは久々だ。

主役は観客なのだ。
リバーブはもう全然気にならない。

隣の家族客はコニャックのボトルを頼んだ。いつ飲んでいるのだろうと思うほど、曲ごとに立っては踊り、帰っては一口飲んでと楽しそうだ。後ろではボールいっぱいのオレンジのカクテルでパーティをしている。僕もウイスキーサワーを一杯。ウェイトレス・ウェイターさんがホールをてきぱき動いているのでカウンターに行かずに声をかければよい。一杯7ドルだ。
カフェでも禁煙のカリフォルニア州だから、煙草を吸うものは誰もいない。煙りのないクラブ・スペースは妙に健康的だ。僕にはキビシイものがあったけれど....。

すでにディスコ・スペースは確保した場所で踊るが精一杯なほどの人だかり。後ろを見ると客席はいっぱいで、バーカウンターあたりで立ち話をしている人もいる。空いた席を探す人も。僕の隣は席とドリンクがあるだけでいつだって空いているから聞かれたけど「踊りにいっているみたい」。

少し前の客は5人客。そのうち二組みが夫婦かカップルなようで、どんな曲でも踊りにいく。一人いつも残る髪の長い女の子。オレンジジュースを少し飲んでは、時折、誰かを探すように後ろを振り返り見つめる。椅子にかかった髪をとくしぐさが少し寂し気だ。

「飲みましょうか」....な〜んて勇気はない僕(*^^*)



--第十四話--

プリティー・マジェスティック・ナイト・ショー


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