リトルサイゴン"V-POP"探訪記





--第話--

亜洲商業城

街はイメージしていたリトルサイゴンとはずいぶんかけ離れたものであった。

僕のイメージの源は、例えば、日本の中華街やロサンゼルスのジャパン・タウンだ。赤い門をくぐると、違う国に迷いこんだような錯覚さえ起させるような、何かそこだけ異なる文化圏を作り出して、囲いこまれたコミュニティー....そんな場所かと思っていた。もう一つはむろんサイゴンの街並みだ。

ずいぶん前のアメリカ映画で取り上げられていた、移民社会の苦悩とそこからひき起こされる退廃を象徴した「リトルサイゴン」のイメージもあった。裏社会とマフィア/入り込んではいけない社会としての内なる未知.....こうした映画で登場する「リトルサイゴン」の中は、ベトナムそのままの服装の人物がいて屋台ありすげ傘ありで、西洋社会のみたアジア的混沌のステレオタイプが表現されている。

司馬遼太郎の旅行記に登場する「リトルサイゴン」は、草原のなかに突如として出来上がったモールで、登場人物も不躾で家族的愛を知らないものとして描かれている。最近ではNHKのカンリーのドキュメントで登場した「リトルサイゴン」も映像もあった。例えば、政治的な街とか、狭い移民社会の噂としがらみが支配する街とか.....。

場所を変え、時を経て、同じような名を持つ街は姿を変え、接するもののイメージも変わるだろう。こうしたイメージのかけらをリトルサイゴンであえて見つけようとは思わなかったし、また表面に簡単に見えることはないだろう。

車社会カリフォルニアの街の作りそのままに、ふと通りすぎた道はベトナム語がたくさんの通りだった......とりたてて興味もなければ、そんな感覚で「リトルサイゴン」というストリートを通り過ぎるかもしれない。



とうとう辿り着いた、ここがあこがれの「リトルサイゴン」だ!はしゃぐ僕。どこから入ろうか?正面があるわけでもないし、ここぞという中心があるわけでもなさそうだ。

リトルサイゴンはずいぶん広い領域にわたっている。ボルサ・アベニュー(Bolsa)のなかでも、南北に通るブルックハースト・ストリート(Brookhurst)とビーチ・ブールバード(Beach)に挟まれた部分に集中しているようだ。ボルサ・アベニューの少し北側で平行するウェストミンスター・ブールバード(Westminster)も同様で、この一角5キロ四方ぐらいが歩いて回れて見てまわるには楽しそうだ。ボルサ・アベニュよりもやや北側のガーデングローブ(Garden Grove)や、やや南側のファウンテンバレー(Fountain Valley)まで少しずつだが広がっている。こうした碁盤の目に広がる街道沿いには、延々と数々のモールやお店、オフィスが軒を列ねている。サンノゼのライオンプラザ級のモールが何十もあるのだ。街道の奥には住宅街が広がっていて、アパート密集地もあれば、広めの庭付き一軒家が並ぶ住宅地もある。ウェストミンスター・ブールバード近くには畑もあるが、たいていは住宅地とショッピングモールが隣接しているロサンゼルス郊外に見る街並みの一つだ。

そんななかでもボルサ・アベニューにはランドマーク的な建物が一つあった。フエの王宮のような入り口を持つショッピング・モールだ。クリーム地に緑の装飾のあるきれいな大きいコンクリのモールで、入り口には巨大な鳥居というか宮門が立っている。左壁面には赤い文字で「ASIAN GARDEN MALL LITTLE SAIGON」の文字。右壁面には漢字とベトナム語で「亜洲商業城 THUONG XA PHUOC LOC TRO」と書かれている。ガラス張りの正面玄関には白い4体の仏像と銅像がある。数人が写真撮影をしている。観光客もいるみたいだ。

写真:亜洲商業城
写真:白い4体の仏像と銅像

中はきれいなデパートだ。吹き抜けの2階立てで、広々とした空間を生かした造りは、ホテルのデパートみたいだ。中央にはモール内でオープン・カフェにしていてジュースや軽食が食べられる。その奥には噴水のある池が。憩いの場には気持がよさそう。凸の字型のモールになっていて、宝石店、化粧品、美容院、CD/ビデオ屋が多く、医薬品、おもちゃ、本、みやげ物、洋服、鞄、帽子、ハーブ屋などなど。ゲームセンターまであってまさにデパートだ。

写真:二回から
写真:コスメティック・ショップ



僕のおめあてはやはりここでもV-POPショップ。正面奥に陣取ったCD/ビデオ屋を覗いてみた。ここはいい。品揃えが豊富で店も広い。壁面が分割モニターになっていて、ビデオが流されている。タワーレコードかHMVにいるみたいだ。籠に積み上げられたビデオの数々をまとめ買いしている人も。これだけアーティストがいるとV-POP道を極めるのは先が遠そうだ。買い切れない、手に入らないに加え、新譜もビシバシ登場する......。

写真:CDショップその1
写真:CDショップその2
写真:CDショップその3
ここで大ファンのTu QuyenのCDコーナーを発見。なんと、彼女ソロだけで5枚もアルバムを出しているではないか。オムニバスも含めれば8-9枚はあるだろうか。発売されたばかりの新譜も。彼女の情報はめったに入らないし、これは買うっきゃない。ついでにNhu Quynhのなんだか怪しいThe Sonとのデュエット・アルバムを発見。なんだこれ?こんなのあるって聞いたことないぞ?ライブ版かなあ.....いつ発売とも書いていないし、写真もピンボケだ。まあいいや買ってみよう(帰って聞いてもよく分らないが、どこかのショーでの録音版と思われる)。

CDを買うだけじゃなくて、リトルサイゴンでのコンサート情報を手に入れたい。僕は、「リトルサイゴンでは毎晩、ナイトクラブで歌手のコンサートが聞ける」との噂を聞いていた。ナイトクラブでのコンサートは、ビックホールでのイベントとはひと味もふた味も違った、歌手の素顔に出会えるに違いない。一人の歌手をじっくりと聞いてみたいとも思う。ウイスキーを傾けつつ、煙草けむるクラブでV-POPをじっくり聞けたら、どんなに幸せだろう(^^)。

だが、しまったことにそのクラブの名前をメモしてくるのを忘れてしまっていたのだった。いつ、どこで、だれが.......何も知らないのだ。今日は水曜日、週末まであと少しだ。どうにかしなくては!

日本の大手レコード屋さんのようにフライヤーが手に入らないかなあと思った。だが表に貼られた新譜発売のポスターがあるだけで、これといったものが見当たらない。

仕方なく店を出て、本屋に足を運んで「コンサートイベントが整理された雑誌はないですか?」と聞いたが、「ないねえ」とのこと。

大きなレコード屋さんに戻って「ここにならんでいる歌手のコンサートについて知らない?」と聞いてみた。「木曜から日曜の間に、ダンシングに行けば見られるけど....」と。奥に入って調べてくれたが、分らなかったらしく、「ここにはないけれど、ストリートにはポスターがいっぱい貼ってあるから、それを見てみたらどう?」と。

だが路上をちょっと見た感じでは、ポスターはいつのものとも分らないようなものが、風に吹かれて破れているような状況だ......

ロスアンゼルスにもサンノゼにも、週間のフリーペーパーがあって、近隣のコンサートやイベントの予定が掲載されているが、目をこらして全部読み通しても、V-POP情報が掲っていることはまずない。サンノゼの週間フリーペーパー「Metro」には、アリーナ・コンサートは載っていたが、たった2-3行だけ。普通のクラブ・イベントが載ることはまずない。こうしてみるとV-POP情報は、ちょっと特殊な情報であることが分る。

果たして僕はV-POPコンサート情報にたどりついて、待望のV-POPナイトクラブへ行けるのだろうか??
--第話--

亜洲商業城


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