2-1. 「月刊メコン通信」と「メコンセンター」
「月刊メコン通信」は「メコンセンター」というベトナム人向けのコミュニティー・ショップが発刊しているものである。「月刊メコン通信」を紹介するために、まずはこの「メコンセンター」というコミュニティー・ショップを紹介しておきたい。
「メコンセンター」は、1985年に東京品川区にあるオーナーの自宅で、注文販売による無店鋪ショップとしてオープンした。1994年に東京大井町の商店街にある雑居ビルに移転し、店鋪販売を始めた。現在は2階と3階のフロアを利用して店鋪兼事務所を構えている。
店鋪兼事務所では、ベトナム語やベトナム関連の書籍・辞書類や雑誌、音楽テープ/CD/ビデオ/DVD/LD/カラオケなどのパッケージ・メディア、さまざまな雑貨、食材などを店頭で販売している。ずらりと並んだこれらの品物は圧巻だ。ほとんどの品物は、ベトナムからの輸入品ではなくアメリカや中国、東南アジアからの輸入品である。日本国内の書籍などをのぞくと、雑誌やパッケージ・メディアのほとんどは、メディア産業が成立している在米越僑社会で製作されたものである。食材などはベトナムと食文化に共通点のあるタイ製や中国製のものが多い。こうした品揃えは、ベトナムから輸入しづらい背景もあることには留意しておきたいが、在外越僑社会では文化産業において独自のネットワークがあることを伺わせるものである。
雑貨販売のほか、翻訳や通訳のサービス、ビサや航空券の手配などの事務を行っている。また店鋪兼事務所の上のフロアは「Cau Lac Bo ジャオ・ルー Van Hoa Viet-Nhat/越・日文化交流クラブ」と名付けられていて、ベトナム語講座やベトナム料理教室、コンピューター教室を開催している。アルバイト・スタッフが講師となって、週末には日本人がベトナム語や料理を習いにくる。週末のこのフロアは「ベトナム・カフェ」として軽食をとりながら集まったり話したりできるような場になる。このように「メコンセンター」は、ベトナム人同士やベトナム人と日本人の交流を、またベトナムに関心をもつ日本人同士の交流をも促進する、コミュニケーション・スペースとしての役割を持ち合わせている(6)。
上記のコミュニティー・ショップとしての特徴、つまり在外越僑社会とのネットワークの存在と国内でのコミュニケーション・スペースとしての役割は、「月刊メコン通信」の機能を理解しようとするとき、きわめて重要な要因となるであろう。すでに「月刊メコン通信」が「メコンセンター」の機関誌であることは述べたが、発行元のこうした特徴は、同様に「月刊メコン通信」の編集方針や特徴にも反映されているからである。さらに、コミュニティー・ショップで展開されるサービス内容は、異国での生活を豊かにする上で欠かせない日用品や娯楽の販売や、言語環境の異なる場で社会的生活を営むためのさまざまな制度上の橋渡しであり、こうしたサービス内容が「月刊メコン通信」の内容を構成しているのである。
紙面の都合から、次号に紹介を譲ることになるが、こうした市民性に着目することで理解の深まるベトナム語エスニック・メディアが二つある。「グエット・サン・ヒエップ・ホイ(語意:月刊協会)」と「Ban Tin Than Huu(語意:親善ニュース)」の二紙である。「グエット・サン・ヒエップ・ホイ」は「Hiep Hoi Nguoi Viet tai Nhat/在日ベトナム人協会」という在日ベトナム人のための組織団体が発行する月刊の雑誌だ。政治/経済/時事のニュースから趣味や生活に渡るまで幅広い内容を扱う有料の総合誌である。表紙にはベトナム旧政権の国旗が描かれ、やや激しい論調で反共の主張がある政治色の強い雑誌でもある。また、「Ban Tin Than Huu」は「Hoi Than Huu Tuong Tro Viet Nam/かながわベトナム親善協会」が発行する隔月刊のタブロイド新聞だ。発行者によると「言葉が分らない難民のために、生活情報などを提供するのが目的」に発行されている。神奈川地区に在住するベトナム人むけに無料で配付されている。ボランティア活動の一貫として発行されている新聞ではあるが、紙面には政治的な主張が散見される。こうした新聞・雑誌の現状と歴史からは、在日ベトナム人の独特の境遇と日本における市民社会形成過程が理解できよう。
1990年代後半になって増加してきたベトナム人研修生向けのニューズレターがある。「Noi Vong Tay/手と手」である。「手と手」は「国際労働運動研究協会」という労働省認可の社団法人が研修生向けに発行しているB4一枚の情報紙である。また、阪神大震災をきっかけに兵庫県神戸で外国人支援活動を行きた「神戸定住が異国人支援センター」が発行するニューズレター「Ban Tin KFC/KFCニュース」は、同団体の活動報告をベトナム語と日本語で行っている。こうしたホスト社会の情報提供活動として発行されたエスニック・メディアは、近年の日本の国際化をめぐる社会情勢と関わっているメディアである。
次号では、上記の四紙を、新たな市民社会の形成過程や共生といった国際化をめぐるキーワードとともに分析し、紹介してゆくことにする。 引用・参考文献
Lynd, Robert S., Lynd, Helen Merrel, "Religious Leaders and Participants" in"Middletown: A Study of American Culture", Harcourt Brace and Company, 1929
謝辞:本稿執筆にあたり書き切れないほどの方々にお世話になりました。なかでも特に、本稿で登場する全ての方々、論文を執筆する直接の動機を与えていただいたYS先生、「エスニックと文化変容研究会」で研究発表の機会を与えていただいたSS先生、エスニック・メディアの情報を提供していただいたベトナム・エスニック雑貨ショップのU氏、論考過程で議論していただいたNK氏、教会でのフィールドワークのきっかけを作っていただいたPTT氏、イベントのフィールド・ワークに多大な友情を示していただいたBan Nhac New Skyのメンバー、相談や翻訳の手伝いなどで多大な協力をしていただいた筆者のベトナム語の先生であるNDM氏、多くの方々を紹介していただき常に研究をあたたかく見守ってくれたDHH氏には心から感謝の意を捧げたいと思います。本稿をPTMの思い出に捧ぐ。