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-ダン・チャインのチューニング-
民族楽器を購入したはいいけれど、「いったいどうやった調弦すればいいのか分からない」といったことがよくあります。僕もこうしてインテリアになってしまった楽器の多いことといったら!
さて、インテリアとしても美しいダン・チャインですが、せっかくなら弾いてみたいものですね。そこで、まずは調弦(チューニング)についてお話しましょう。
実はダン・チャインはいろんなチューニングがあります。そして、もう一つ大事なことは、ヴェトナムの民族音楽はべつに絶対的な音階で成り立っているわけではありません。だから固い約束があるというものではありません。しかし、ここでは基礎的なチューニングについてお話します。
まずは、よく使うチューニングを例示してみましょう。
1 ソ (もっとも太い/もっとも低い)以上のチューニングはもっともポピュラーなもので、いわゆる5音階で成り立っているものです。「ソ/ラ/ド/レ/ミ」ですね。1-5のソレドレミの倍の高さの音(オクターブ)が6-10です。以下、さらにもう一つオクターブがあり、「ソラ」が加えられています。16弦のダン・チャインでは高いラがありません。
2 ラ
3 ド
4 レ
5 ミ →(あるいはファ)
6 ソ
7 ラ
8 ド
9 レ
10 ミ(あるいはファ)
11 ソ
12 ラ
13 ド
14 レ
15 ミ(あるいはファ)
16 ソ
17 ラ (もっとも細い/もっとも高い)
絶対的な音程がない、とすでに書きましたが、要は音と音の関係がソラドレミと同じになっていれば、それはそれでいいということなのです。だからそれぞれの弦が微妙に高い音程だったり、それぞれおもいっきり低い音程だったりしれもいいのです。ソラドレミ〜〜〜という感覚で聞こえていればいいんですね。
このような感じで考えれば、実は「ソ/ラ/ド/レ/ファ」のように、ミの音を半音上げたチューニングのスタイルであっても、実は「ド/レ/ファ/ソ/ラ」と弾いたときと「ソ/ラ/ド/レ/ミ」と弾いたときとは、音と音の間隔は同じなので、同じような響きに聞こえます。
冒頭の「ヴァン」さんのお話で「宮・商などの音楽の五音を......」と出てきました。「宮」とか「商」とかは実は「ド」とか「ファ」のように音を表す言葉なんです。ヴェトナムでは昔はドレミファソのような言葉は使っていなかったのです。この詩では中国の影響が大きいので、五音を中国風に「宮/商/角/微/羽」と表現して引用しているようです。ヴェトナムでは「月火水木金土....」のような日本では曜日に使われている言葉をドレミファ...に当てはめていた歴史があります。また別の言い方で「ソ/ラ/ド/レ/ミ」を「ホ/ス/サン/セ/コン」といいます。ヴェトナムの伝統音楽研究家の間ではこれがもっともポピュラーな言い方でしょう。このあたりはちょっと別の話になるのでこのへんで。
次は曲によっていろいろなチューニングがあります。北部のズン・カ(民謡)を弾く時には上記のようなチューニングですが、南部の曲を弾くときはまたかわったりします。その点もまたいずれ。
上の写真をみてください。実際にチューニングをしている場面です。
左の写真はダン・チャイン向かって左手にあるチューニング・ペグ(糸巻きのこと)を、木製のチューニング・キーを使って回しています。左に回せば高い音、荷右に回せば低い音がするようになります。チューニング・キーは演奏のときははずしておきます。
右の写真は、弦を張っているコマ(日本では琴柱(ことじ)と言います)を動かして微妙なチューニングをしているところです。ダン・チャインはチューニングが狂いやすいので、ここで微調整をします。演奏中にも調整できるぐらいになれば大物です。ミ→ファは、このようにコマを動かしてチューニングしましょう。
-ダン・チャインは何で弾くの?-
日本のお琴は指に「爪」をつけて弾きますよね。ヴェトナムのダン・チャインも同じです。日本のお琴の「爪」は象牙を動物の皮に張り付けたものですが、ヴェトナムのダン・チャインの「爪」は金属製かべっ甲でできたものです。まずは写真を見て下さい。
左の写真は金属製の「爪」です。
大きいものが親指用、小さいものが人さし指/中指用です。
べっ甲でこれと同じものを作って弾いている人もいます。べっ甲の「爪」は弦を弾いたときに柔らかい音がするので、それで気に入って使っている人も多いようです。弾くのが難しくなることから、上手な人が使うことが多いようですね。
またフォークギターやカントリーギター用の「サムピック」という親指にはめるピックを、ダン・チャインを弾くときに親指用に使っている人もいます。僕の先生はこれを使っていました。「日本製だよ」と言われて驚きました(笑)。これもいい音がしますが、弾くのは難しくなるようです。
3本の指に「爪」をはめる点は日本のお琴とも同じです。ヴェトナム語でもこのダン・チャインを弾くために指につけるものを「爪」というんですよ。
ではどのようにしてこの「爪」をつけるか、これも写真を見てみましょう。
右の写真がそうです。つける手を間違えないでくださいね。右手です。それともう一つ、つける方向も間違えないようにしましょう。分かりやすくいえば、指の表にも裏にも「爪」があるように、装着します。
金属製なので、指の大きさや太さに合うように、周囲の輪を調整することができます。手の甲から見た時、5ミリほど爪先が見える程度が弾きやすい位置になると思います。演奏中にはずれないように、しっかりと「爪」をつけたら、さあ!ダン・チャインを弾いていましょう!!
-ダン・チャインを弾こう! その1: 姿勢
ダン・チャインに向かって、まず最初に戸惑うのは姿勢。
そこでまずはダン・チャインを上からみてみて、どのように向かうのか写真でみてみましょう。
写真のように、弦が固定されている方を右手に、弦をチューニングするペグがある方を左手にして、ダン・チャインを前に座ってみましょう。右手をは弦が固定されている部分に軽く添え、左手はコマより左側の弦の上に軽く乗せ、肩の力を抜いて座ってみます。
ダン・チャインを弾くのは、弦を張っているコマよりも右側の部分の弦を弾きます。左側はチューニングがバラバラ。弾くのは右側です。
姿勢にはいろいろなバリエーションがあります。ダン・チャインを台に置いて座って弾くスタイル、ひざの上にダン・チャインを乗せて弾くスタイル、あぐらをかいて弾いてもいいでしょう。ヴェトナムでは正座をして弾くスタイルはあまり見かけないようです。
このスタイルについて、僕の上の写真でもいいですが...........いや!もっと美しい本物のダン・チャイン奏者の写真から見ていきましょう。
下の写真はそのいくつかのバリエーションです。
さて、こうして写真をみてきて、どのように楽器を構えればいいか、だいたい分かっていただけたでしょうか?ぜひ、みなさんも自分のスタイルにあった楽器の構え方をみつけてみてください。 では、そろそろ楽器の音を出してみましょうか。。。。
--床に座って弾こう--
このかわいい子供のダン・チャインの弾き方といったら! ここでは床に座って正座の足をくずした座り方で。ひざにダン・チャインを乗せて弾いています。アオザイを着た女性だけの特権です。男性は決して真似をしないように!(笑)男性はあぐらで、楽器は床に直置きで。
この子はTieng Hat Que Huong CLUBでダン・チャインを学んでいます。僕より上手(^^);;;--椅子に座って弾こう--
こちらは椅子に座って、左足を前にして足を組み、その上に楽器を乗せて弾いています。ひざの上には楽器の右側を、左側はもう一つの椅子に渡されています。このように、楽器を前に左が低くなるように角度をつけて弾くのがダン・チャイン風です。ちなみに左の椅子にも別の人が座ってダン・チャインを弾いています。こうすれば少ない椅子の数でたくさんの人が同時に演奏できますね。
弾いているのはTieng Hat Que Huong CLUBでも先生をしている方で、ダン・バウ/ダン・チャインなどの演奏家です。こちらはやはり椅子に座って、足を組んで弾いている、前からの写真です。肩の力の抜き方といい、手の位置といい、ファッションといい参考になりますね。
ちなみにこれはレストランでの演奏で、アオザイを来てカンと呼ばれる伝統的な帽子をかぶっている姿で、ヴェトナムでの正装です。
弾いているのは、ダン・チャイン/ダン・バウ/36弦琴などでご活躍中の演奏家です。写真はマジェスティック・ホテルにて。有名ホテルではよく見かけますよ。--楽器台に乗せて弾こう--
こちらは椅子に座って弾いていますが、ダン・チャインが楽器台に乗っています。この場合は、楽器に角度がつかず、水平に楽器を置いています。このほうが弾きやすいと僕は思いますが......。
木の楽器台もかわいいものです。キーボード・スタンドなどでも代用できますね。座る位置はやはり楽器に向かって右手の位置です。
長い髪が前にたれて美しい奏者は、僕の師匠グエン・ティ・ハイ・フォン(Nguyen Thi Hai Phuong) 氏であります。こちらはやはり楽器台の乗せて弾いている姿で、今度は男性です。男性は楽器台に乗せるのがカッコイーようですね。 ちなみに演奏しているのは、ダン・チャイン研究家として有名なグエン・ヴィン・バオ(Ngueyn Vinh Vao)氏。白髪が渋いですね。横でダン・グエット(月琴)を弾いているのはやはり伝統音楽研究家の チャン・ヴァン・ケー(Tranh van Khe)氏です。
-ダン・チャインを弾こう! その2: 添え手
まず、手を構えてみましょう。
このホームページでは弦を固定している部分を「ブリッジ」と呼ぶことにします。このブリッジの外側・ボディー部分に右手の小指と薬指を軽く添えて、手を支えます。爪を付けた親指・人差指・中指をブリッジより内側・弦のある部分に置きます。この状態で、手と肩の力を抜いてポーズをとってみましょう。少し大きめに写真をとってみましたので、参考にしてみてください。
手が自由に前後に動くように、小指または中指を支えにして、手を添えます。
爪と弦が当たる角度にも注目してみてください。爪の先端が、弦と直角に当たるようにします。親指の爪は角度が付いていますので、直角にはなりませんが、やはり先端が弦に当たるようにするのは同じです。
まず、最初はブリッジから1-2センチほど離れた部分に爪を当てて置いておきます。
-ダン・チャインを弾こう! その3: 指使い-
この姿勢を保ったまま、人さし指で弦を弾いてみましょう。
指の形はこのようにやや人さし指がまっすぐになる感じです。その間、中指・親指は横で自由にさせておきましょう。
→(人さし指で音を出すのを聞く)
リアル・オーディオ・プレーヤーを持っている人は音も聞けますね!
箏でよい音を出すのは確かに修練が必要ですが、まず最初に音を出すには壁がありません。簡単でしょう?
さて、この時にコツがあります。弦を爪で弾いた後、その爪を手前の弦に当てるのです。人さし指と中指の場合は、ソを弾いたら、ラの弦に、爪を当てておくのです。ある程度しっかりと、しかし、当てた爪の弦の音が鳴らないように、爪をあてます。ソラドレミソラドレミ......と低い音から高い音にむかって弾いてみましょう。
さて、次に親指を使って弾いてみます。
手の形が若干変わっていますが、分かりやすく写真を撮るためのせいで、大げさに動かすというわけではありません。あまり手の形を変えるのは無駄な力が入ってよくありません。それよりも、指を動かすことによって、親指と人さし指を切り替えて弾きます。
→(親指で音を出すのを聞く)
お聞きになると、親指で弾く場合と人さし指で弾く場合は、若干トーンが異なります。写真のとおり、親指は人さし指とは逆に、高い音から低い音にむかって弾くからでしょう。ラソミレドラソミレド.....という風に弾いてみましょう。
この時も、弾いた後は親指の爪を、一つ低い隣の弦に当てることをお忘れなく。ラを弾いたら、ソの弦に爪をしっかり当てておきます。
これで、メロディーが弾けますね。親指と人さし指で弦をはじいて、好きなメロディーを弾いてみましょう。
弦にはじくのに慣れてきたら、次は指使いを気にしてみましょう。メロディーが高い音から低い音に変わる時は親指で、逆に低い音から高い音に変わる時は人さし指で弾けば、一番合理的に弾けるはずです。指がこんがらがらないように、親指と人さし指を交互に弾く練習などをしてみるといいかもしれません。
また、メロディーによって、手の位置が変わるはずです。そのとき、腕全体を軽く動かしながら、小指・薬指を自然に支えながら手の位置を動かします。
次に中指を使って弾いてみましょう。
見えやすいように人さし指を立てていますが、実際はもう少し力を抜いて、自然に中指と親指の間に添えておきます。
実はダン・チャインは、オクターブ奏法をよく使います。オクターブとは、低いドの音と高いドの音のように、同じ音だけれども音程の高いものと低いものを、同時または交互に弾く方法です。低いレの音と高いレ/低いミの音と高いミ......などなどです。
特に決まりがあるというわけではありませんが、こうした奏法のときに、主に中指を使うようです。まずはそのオクターブ奏法を聞いてみてください。
→(オクターブ奏法を聞く)
録音した音は、低い音と高い音を交互に弾いています。この場合、少し手を開いて、ソとソ、あるいはラとラのように、オクターブの位置に指を添えておいて、中指→親指、の順番で弾きます。中指も親指も、やはり隣り合ったはじく方向の弦に爪を当てることを忘れないでください。
オクターブ奏法は交互に弾くだけでなく、同時に弾く場合もあります。この場合は、中指と親指を同時に弾きます。この時に注意することがあります。同時に弾く場合は、爪を隣あった弦にあてないで(当ててもいいですが)、弾いた瞬間に若干、手を上にあげて、弦に爪を当てないようにするとよりきれいな音がします。この時の指の形は、中指と親指で弦を「つまむ」ようにすればいいでしょう。
-ダン・チャインを弾こう! その4: ダン・チャインらしい表現-
ここまでで、さまざまなメロディーが弾けるようになったと思います。 ダン・チャインをダン・チャインらしく弾くにはここからがけっこう難しくなってきます。いかにヴェトナムの楽器らしく弾くか。「表現」のテクニックをいくつか紹介したいと思います。
表現テクニック1:「ルン」「ルン」というテクニックは「左手で/弾いた弦のコマより左側の部分の同じ弦を/押さえて揺らす」というテクニックです。
この「ルン」は音を揺らすことによって、メロディーの幅を広げ、感情をこめた音作りをするテクニックです。
まずは写真を見てみましょう。
写真の左手では、弦に触れているのは3本で、人さし指をごく軽く乗せる程度に、中指と薬指の二本がしっかりと弦に触れています。
試しに「ミ」の音の弦に左手二本指を乗せてみましょう。右手で「ミ」の音を弾いてから、左手の指(中指と薬指)を軽く押したり戻したりしてみてください。
音が揺れているのが分かります。
→(ルンで音を揺らしているのを聞く)
この時のコツは、
(1)左手の手首より先で動かすこと
(2)大きすぎず小さすぎず動かすこと
(3)細かく震えるように動かすこと
(4)次第に揺れを小さくしながら終えること
の4点です。
ヴェトナムの伝統音楽において、こうした揺れは非常に大事な要素です。単なる揺れなのではありません。それは音楽を音楽にしているもの、つまり歴史のなかで培われた様々な感情や、ヴェトナムに根ざした音の文化、ヴェトナムの人々が話す言葉などが、この揺れに現れているからです。
ホーチミン市音楽院のファム・トゥイ・ホアン先生が作編集しているダン・チャニンの教科書にはこんな記述があります。
手のひらには愛情を感じる心の魂が宿っていることを常に念頭に置いておく必要がある。音を揺らす左手も、爪をはめている右手も、しっかりと楽器に固定しておきながら、かつ、常に緩やかに動かすことができるようしておく。みながそれぞれの感覚を持ち合わせているが、よりよい演奏のためには、左手の練習は右手よりも倍以上に修練が必要だ。ダン・チャインのコマより左側の部分に手をベタっと乗せてみましょう。非常に自然な形でアーチを描いているので、手の平の力がまったく入らない状態で手がおけると思います。すぐに弦のぬくもりを感じることができるでしょう(金属だから当たり前と言わないでね^^);; )。弦に、弾く音に、愛情を込めるのは、そして心を宿すのは、左手の役目です。
さて、ここからがより大事な点になります。
「ルン」はメロディーのなかのすべての音で行うテクニックではありません。「ルン」はメロディーのなかの限られた音だけを対象に行うテクニックです。
つまり音を揺らすのは特定の音だけ、ということになります。
しかも、この揺らす音をまちがえると、妙な音楽になります。つまりヴェトナムの音楽から遠ざかってしまいます。
このあたりは、曲によっても異なりますし、音楽の別の知識が必要となってきますので簡単に。
ソラドレミのチューニングでダン・チャインを弾いた時の例を話しましょう。明るい曲の時は「ラ/ミ」の音だけを「ルン」しましょう。悲しい曲のときは「ド/ソ」を「ルン」します。
別の言葉でいえば、Key in Xmajor のとき2nd/6thの音を、Key in Xminor のとき1st/4thの音をルンするということです。
下の音例は、「ラ/ミ」だけをルンし、別の音はルンしていないものです。
→(ルン&ルンしない音を聞く)
表現テクニック2:「ニャン」「ニャン」というテクニックは「左手で/弾いた弦のコマより左側の部分の同じ弦を/やや強めに押さえたまま保持し/音程を変える」というテクニックです。「ニャン」は基本的には5音階しかないダン・チャインで、5音階意外の音程を出し、メロディーの幅を広げるテクニックなのです。
写真を見てみましょう。
指で弦を押さえているのが分かりますでしょうか?人さし指と中指を使って下方向に力を加え、弦を張り、音程を高くしています。ごく少ない力で弦を押すことができるでしょう。ちょっと金属で細いので、慣れない方には痛いかもしれませんけれど。
試しに、「ミ」の音をはじいてから、「ニャン」をします。「ニャン」をした瞬間に弦をはじくと、「ファ」の音に変わります。
今度は、「ミ」の音をはじいてから、「ニャン」をしましょう。弦をはじかなくともと、押したままの姿勢を保っていれば「ファ」の音が続きます。
この二つの違いは表現の違いですね。上の二種類の「ニャン」で、「ミ-ファ/ミ-ファ/ミ-ファ.......」と練習してみましょう。
基本チューニングにおいて、
一音上げなら「ミ-→ファ」+「ラ→シ」
半音上げなら「ド→ド#」「レ→レ#」「ソ→ソ#」
ができます。
→(ニャンを聞く)
ここでコツがあるので、ご紹介しましょう。
メロディーのなかで5音階以外の音を弾きたいときは、その音を弾く事前に、左手で「ニャン」をしておき、そのまま左手を保っておきます。こうして、まるでその音の弦があるかのように、メロディーを弾くのです。つまり、ミ→ファへと移行するときに、ミヨ〜ンと上がっていく音が聞けえないように弾くのです。
これはかなりの修練が必要です。しっかりと弾きたい弦/「ニャン」をしたい弦を覚えて把握し、適切なタイミングで「ニャン」をする必要があるからです。
さらに、「ニャン」をして音を戻すときにも、ミイ〜ンという音が下がる音がしないのが美しいメロディーを弾くコツです。この場合、メロディーの次の音が、「ニャン」をした弦より一つ低い音であれば、その音を弾いたときには必ず爪が「ニャン」をした弦にあたるはずです。その時、「ニャン」をした弦は音が消えているはずですね。その時に左手を戻せば、ミイ〜ンという音が下がる音はしないはずです。
ほかに「ニャン」にかかわるいくつかのバリエーションを上げておきましょう。
(1)「ニャン」を素早くくり返す。
(2)「ニャン」をした弦で「ルン」をする
(3)「ニャン」をした弦で「モ」をする(次節参照)
(4)複数の弦を「ニャン」する
(2)は難関です。人さし指(あるいは人さし指と中指)で「ニャン」をいしたら、そのままの姿勢で、中指(あるいは薬指)で小刻みに「ルン」をします。この微妙な力の調整ができるようになったら一人前ですね!
(4)も難関。人さし指で「ニャン」をしながら、高い弦なら親指で、低い弦なら中指か薬指で、同時に「ニャン」します。「ニャン」が必要で、かつ早いメロディーのときに登場するテクニックです。
(1)は簡単ですね。
この(1)の音を聞いてみてください。「ミファ〜〜〜ミファミファ〜〜」って感じです。よく音を聞いてみてください。なんだか「ニャン〜〜〜ニャンニャン〜〜〜」って聞こえませんか?
ダン・チャインのテクニックの名前はなんだか擬声語のよう。実は、僕の主観ですが、これはベトナムの言語の文化と大きく関わっているのだと思います。ベトナム語で「カモ」のことを「ヴィッ」といいます。「ニワトリ」は「ガー」、「ウシ」は「ボー」です。お分かりになりましたか?なんだかその動物の鳴き声のようでしょう? 「ニャン」も実はこうした雰囲気をもった言葉に思えます。
ベトナム語は、非常に多くの発音を持っていて、その発音の高低によって意味が変わる構造を持った言葉です。そのなかに「/」のように、上に短く上がる発音記号があります。「ニャン」という言葉は「Nha^/n」と書き、「ニャン」の「ン」の部分で、音をクイっと素早くあげるような、ちょっと声が裏返るような雰囲気の発音です。一音半ぐらいあがっている感じでしょうか。
(1)のテクニックは、そんなベトナム語ならではの表現がダン・チャインにあらわれているのかもしれません。
ベトナムの音楽では、メロディーが上がっているのに歌詞の発音が下がったり、その逆があったりします。実は、こうしたメロディーと歌詞の発音はしっかりと結びついています。そして、上がりながら下がったり、下がりながら上がったり、歌手はそうしたテクニックを使い分けます。譜面に書けないようなメロディーも出てきます。
ダン・チャインでも、そうした表現力をつけることが、ダン・チャインをよりダン・チャインらしく弾くコツです。そのためには、左手の特訓に加え、もしかしたらベトナム語の特訓も........必要かもしれません。
ベトナムが好きになり、ベトナムの町の喧噪がサウンドスケープになってきたとき、市場でのおしゃべりが「玉ころがす声」に聞こえてきたとき、耳もとでダン・チャインの音が聞こえてくるかもしれません。
表現テクニック3:「モ」「モ」というテクニックは「左手で/弾いた弦のコマより左側の部分の同じ弦を押さえて/左方向にスライドしながら/弦を揺らす」というテクニックです。 「モ」は「ニャン」の応用のようなテクニックで、「ルン」の感情表現と「ニャン」の音程変化を合わせたようなテクニックです。
まずは写真をみてください。「モ」のテクニックのやり方を順番に説明しましょう。
(1)右手で弦を弾きます。この時は左手は弾く弦のコマより左側の部分の同じ弦に触れておきます。押さえる指は「ニャン」や「ルン」と同じ。
(2)弦を弾いたら、左手の下方向に序々に力を加えながら、左方向にスライドさせます。写真のように、右から左に向かってスライドさせます。
(3)スライドしながら、「ニャン」のように一音あるいは半音ほど音程をあげます。
(4)左手のスライドの始点から終点の中間あたりで、出したい音程の最高音を出します。
(5)中間点を過ぎたら、序々に力を抑え、弦の張力の素の状態に戻します。
例えば、「ド」の音でこのテクニックを使うとすると、一音の「モ」の場合、「ドレド」と音程が変化します。この時、普通に弾くのと違い、ドとレの音程の間に乖離は見られず、連続可変の音程が生まれます。もちろん、一音だけでなく、もっと幅広い音程変化もできます。リズムによって、スライドさせるスピードを変えてみましょう。
手首の返しを使って「モ」をすれば、より美しくこのテクニックを見せることができます。
なんだか、アジア〜〜〜ン、って雰囲気になるのが分かれば、「モ」のテクニックはバッチリ。このゆる〜い音程変化に、なんだか蒸し暑いヴェトナムの熱帯樹林にに囲まれた河の流れのように思うのですが......。
表現テクニック4:「ヴォ」「ヴォ」というテクニックは「左手で/弾いた弦のコマより左側の部分の同じ弦を/一瞬の間で叩いて/離し/短い音程変化をつける」というテクニックです。 「ヴォ」も「ニャン」「ルン」の応用のようなテクニックで、一回のテクニックで、一回の音程変化があります。
まずは写真をみてください。写真1 「ヴォ」のテクニックのやり方も順番に説明してみましょう。
写真2
写真3
(1)右手で弦を弾きます。
(2)弦を弾いたら、弾いた弦の上で、写真1のように手首を上側にかえします。
(3)写真2のようにかえした手首に元に戻すような力を加えて、指を下方向に勢いよく動かします。
(4)左手の指で、だいたい半音から一音程度変化する力を弦に加え、弾いた弦を叩き付けます。
(5)叩き付けたら、勢いよく再び手首を上側に返し、弦から手を離します。
「ヴォ」はなかなか難しいテクニックです。このテクニックのコツをいくつかあげてみましょう。
(1)弾いた弦の上に手を構えておき、間違いなく弾いた弦のみを叩き付ける
(2)非常に短い間だけ弦にふれるようにする
(3)指の先端の真ん中に弦を当てるようにする
(4)弾いて叩き付けた後に、完全に左手を弦から離す
こんな感じでしょうか?
失敗すると、別の弦を叩いてしまったり、別の弦に当たって雑音が出たりしますね。狙いをすまして、ビシッ!と叩き付けるのがコツです。しかもやわらか〜〜い動きで。
→(ヴォを聞く)
みなさん、ネコの手をみたことがありますか?ネコ・パンチって御存じでしょうか?ネコの手首は、非常にやわらかく、しなやかに、そしてスピーディーに動きます。ネコがパンチしている姿を、是非観察してみてください。その動きこそ、「ヴォ」の神髄です。
表現テクニック5:「ア〜」さて、これまで「表現テクニック」のコーナーでは左手のテクニックを扱ってきました。今度は、右手を使うテクニックについて解説しましょう。
まずは、「ア〜」というテクニックです。
このテクニックは動きがあるので、写真にとるのは難しいので、文章だけで説明します。しかし、非常に頻繁に用いるテクニックであり、ダン・チャインらしい表現としてたいへん重要なものです。
まずは最初に音を聞いてみてください。
→(ア〜を聞く)
音が聞こえる方には、だいたいどのようなテクニックであるかご想像できると思います。
順番に説明していきましょう。
(1)右手の親指で
(2)高い弦から、低い弦へと
(3)勢い良くスピーディーに爪をすべらせ
(4)短い間に、たくさんの弦を鳴らす
だいたいこんな感じです。チャラララララララリ〜〜〜ン!というイメージですね。このキラビヤかな雰囲気は、ダン・チャインの持ち味ですよ。
全体的な細かな注意点をいくつかあげておきます。
(1)右手のひじを伸ばすような雰囲気で、勢いよく爪で弦を滑らしていく
(2)弦の持つ角度(アーチ)に逆らわず、そのアーチに沿って爪を滑らす
(3)(1)を行いながらも、低い弦に向かうに従って、親指を人差し指につけるような動きで弦を鳴らす
(4)(1)を行いながらも、手首のスナップ(返し)を使すようにする
(5)それぞれの弦を弾くときのツブをそろえるようにする
(6)それぞれの弦の音を切らないで、響かせるようにする
とにかく、滑らかにきらびやかに!これがコツなんです。
王宮にゆったりとながれる時間、ゆったりと流れる河、黄金の太陽、そんなイメージでしょうか?
さらに応用編にすすみましょう。
「ア〜」は単体で用いるテクニックというよりも、メロディーの一部、つまり「音の一つ」と考えてくださってかまいません。メロディーに休符があるとき、休符のかわりに「ア〜」を使うことがよくあります。あるいは曲が始まるとき、曲の雰囲気がかわるとき、メロディーのモチーフの終わりや始まりのとき、より勢いを出したいとき........そんなときに、メロディーの一部として「ア〜」を使うわけです。このような利用で、表現力を作るわけです。
そこで、曲の一部で「ア〜」を使っているものを聞いてください。
→(ア〜を聞く)
(この曲は「流水/Luu Tuy」という曲の始まりの部分です。)
さて、あるメロディーと「ア〜」が複合されているということは、「メロディ+ア〜+メロディ」ということです。つまり、人さし指か中指でメロディーを弾いたすぐ後に、親指で「ア〜」をして、またすぐに人さし指か中指でメロディーを弾く必要があります。
こうした展開では、人さし指か中指で弾いていたメロディーにより、親指の使い方が異なります。
例えば、中指で低い音を弾いていたとしましょう。すべての弦を「ア〜」するには、右手を大きく動かす必要があります。この場合は、すべての弦を「ア〜」する必要はありません。中指の位置を固定したまま、手をめいっぱい開き、親指が届く範囲の弦だけを「ア〜」すればいいのです。右の写真のように届く範囲だけを「ア〜」します。
もう一つ。例えば、「ア〜」をした後にすぐメロディーを弾くとします。そのメロディーの開始の音が「二番目に低いラ」だとしましょう。高い音から、「二番目に低いラ」まですべての弦を「ア〜」すると、「ア〜」の直後の弦はたいへん弾きにくくなってきます。あるいは一番低い「ソ」まで「ア〜」すると、右手は押して引いてみたいな往復の動きが出てきてしまい、響いた音の処理も難儀になってきます。そこで、「ア〜」の次に音を引く場合、「ア〜」は右の写真のように弾きたい音と一番高い音の弦の中間的ぐらいまでの短い「ア〜」をすればよいのです。
最後に「ア〜」のときの親指の位置ですが、写真のようにブリッジ近くが一般的で、もしもより柔らかい音で「ア〜」をしたいときは弦の内側で行えばよいのです。
表現テクニック5:左手による「ア〜」さて、テクニック編の最後は左手による「ア〜」で締めくくりましょう。
基本的な考え方は、前述の「ア〜」と同じ。違いは
(1)右手を使うこと
(2)低い音から高い音へと弦をすべらすこと
の二点です。
ごらんの写真のように、右手の親指を使って、低い音から高い音へと「ア〜」するのがこのテクニックです。
このとき、右手の手のを写真のような形にしながら、手首を手前のほうに引きながら滑らしていくのがコツです。
→(右手のア〜を聞く)
つまり、右手で弦の上で「丸」の一部を描くようにするのがコツです。手首を返すことにより、自然に右手は楕円を描くような軌跡を描くはずです。
この応用編としては、「左手によるア〜」をしながら「右手によるア〜」をする、というものがあります。
→(「左手によるア〜」をしながら「右手によるア〜」を聞く)
このテクニックでは、右手と左手が交互に、連続するように、弦を上下/高低に「ア〜」しています。
さいごにこれまでいくつかの基本的な演奏の仕方とテクニックについて書いてきました。
他にもまだまだおさえるべき点はあります。例えば、「演奏中にチューニングが狂ってしまった、どうするか?」とか、「弾く時に、どこを見るべきか」とか。また、テクニックに関しても、まだまだ他のものもあります。例えば、右手人さし指による「ア〜」や、ハーモニックスを使った演奏、さまざまなミュート奏法/ピチカート奏法(弦を軽く手で抑えながら響きを押さえた演奏)、ダン・チャインのボディー部分を叩いてパーカッションのような音を出すやり方.......などなどです。
こうした点に関しては、また将来、このページを更新する形で書いてみたいと思います。
さて、楽器をはじめたとき、誰もがその美しい音色に触れ、テクニックを見てあこがれることがあるかと思います。さらに弾きはじめると、個別のテクニックやさまざまな音色にはなんらかの意味があると考えることもあろうかと思います。例えば、弾く位置や弾く方向による表現の違いについては、ダン・チャインの音楽をたくさん聞いて、メロディーと「ア〜」の関係を想像して、考察するしかありません。
テクニックに関しても、例えば、一般的に「ア〜」は「喜びの表現」と言われており、ブリッジ近くを「ア〜」すればより固い音でよりきらびやかな音色が得られます。一方、喜びの表現が一様な人間はいません。「喜びの涙」「うれしなき」などの表現がヴェトナム語であるかどうか分かりませんが、喜びの表現はどんな人でも多様です。当然ながら、弦内側を「ア〜」した柔らかい音色による喜びの表現は、文脈によって、つまりメロディーやリズムの違いで用いられるのです。
ヴェトナム人の友だちがいる方は、ヴェトナム人が気分のいい時/うれしいとき/おいしいものを食べたとき/おもしろいとき...そんなときには、時々「舌をならして、チェッチェッチェッ」としているのを見たことがありませんか?もしもあなたが日本人であるなら、この表現は「不満」を表す表現であり、「納得がいかないとき/ 自分の力ではどうしようもないような状態に追い込まれたとき」などに用いる表現であると気付くかもしれません。さらに日本ではこうした表現がしばしば下品であったり失礼であったりと、咎められることも少なくありません。この例で明らかなように、喜びの表現とは、どんな人でも多様でありながら、その表現の仕方には文化のよる違いや独特の個性があるのです。
もしも、こうしたことを理解することなく、単純に楽器としてのテクニックを用いてしまうだけの演奏は、もしかしたら音楽そのものの誤解につながってしまうかもしれません。一方では、ぜんぜん違う文化の文脈で新しい発見があり、独自の根付きかたをするのかもしれません。
いずれにせよ、ダン・チャインのような民族の伝統楽器を弾くにあたり、演奏テクニック以上に、個々の音やテクニックの意味を考えて、深く、そして多く音楽に触れることは、楽器の練習と同様に重要なことだと思います。
では、みなさん、がんばって練習しましょう〜〜〜!
コー・ガン・レン!!
このページ作成上で、
・私のダン・チャインの師匠であり、ヴェトナムの文化などについても多くの御示唆を与えていただいたNguyen Thi Hai Phuong氏
・同じく同様に接していただいたHai Phuong氏の家族のPham Tuy Hoan氏
・教えていただいた楽器は異なれどヴェトナム音楽に多くの示唆を与えていただいたNguyen Minh Thanh 氏
・ダン・チャイン仲間として常に勇気づけていただいたVu Thi Tuy Van氏
には心から感謝申し上げます。(伝統楽器 index) (Dan Tranh TOP) (BEO RAT MAY TROI Vietnam h.p.)
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