| 年度 | 2002 |
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| 科目名 | 社会記号論 |
| 教員名 | 藤巻 光浩 |
| 授業概要 | この世の中(社会)は記号の単位によって成立しているという考え方を出発点として、様々な批評の可能性を追求してみたい。社会を記号を単位としたものとして見る、とはいったいどういうことだろうか?その考え方をもとに批評をしてみるとは、いったいどういうことなのだろうか?そして、その帰結は、どのような方向性を持つものなのだろうか?ソシュールをその系譜の父とする記号学(セミオティーク)は、言語学の境界線を大きくはみだし、フランス−アメリカで成熟し、現代批評理論の中心となるにまで至った。その批評学の対象とする社会的対象の幅はとてつもなく広い。この授業では、記号学の基本を押さえ、その基本をもとに様々な対象を批評実践の対象として扱ってみる予定だ。主に、我々人間の作る視覚空間と社会形成の問題を中心にとり上げてみたい。雑誌に掲載される写真は、我々にどのような影響を与えているのか;住居空間は我々の家族観にどのような影響を与えているのか;戦争戦没者のモニュメントは、我々の過去との関係にどのようなインパクトを与えているのか?;テレビ映像は?などという問題を映像なども使用しながら立体的に考察していきたい。 |
| 授業計画 | 1オリエンテーション 2記号とは?社会とは? 3肖像写真と記号 4ソシュールから神話学へ 5戦争写真のグラフィズム 6絵葉書の写真とまなざし 7推理小説のまなざし 8コマーシャルの記号 9神話学からポスト構造主義へ 10スペクタクルな記号 11記号としてのモニュメント 12テレビと記号断片 13まとめ |
| 評価方法 | レポート二回(30パーセントと50パーセント)、そして授業参加(出席を含む残りの20パーセント)で総合的に評価したい。 |
| 教科書 | |
| 参考書 | |
| メッセージ | 私の授業に慣れている学生は分かっていると思うが、予習を望む。積極的な参加をしなくては、単なる紙芝居の観客になるだけだ。 |