Introduction
1999, Aug. 18th- Aug. 24th
Ha Noi - Mai Chau - Hoa Luu - Tam Cuoc - Hai Phong- Do Son
この夏は海外旅行は諦めようと思っていましたが、なんとか8月中旬に10日ほどまとまった休みがとれたので、がまんできずにチケット探しに奔走。時期はお盆真っ盛りの8/15出発の計画なうえ、これまででは考えられない大ベトナムブームの影響で難航しました。結局、タイ国際航空でバンコク経由の11万円もするチケットに。ハノイに行きたかったので、国内線の事情をくめば、まあ妥協できる値段です。 |
その1:ハノイ編 (Coming Soon!) |
- Mai Chau -
マイチャウはハノイ近郊のタイ族の村。近年は観光地化がすすみ、ハノイから気軽に少数民族の村へトレッキングできる名所として栄えています。今回はふみさんのおすすめでマイチャウ・ツアーに参加しようとハノイのツアーカフェを訪ね回ったのですが、あいにく隔日のみのツアーとのこと。予定が合わないので、あきらめようかと思っていたところに、「特別ツアーをしてあげよう」との申し出が。ツアー会社の人ですけれど、この男性がバイクで僕だけをマイチャウまで一泊二日のツアーに出してあげようというのです。
まあ、ものは試し。料金は倍ですが、倍ならではの面白さもあるかも、と申し込みました。ハノイからホアビンを超えて、マイチャウ村まで二人乗りです。
さてさて、どんな旅になることやら。
-マイチャウへの道 - ハノイから田園風景を延々走ること数時間。日照りは思っていた以上に厳しいですが、バイクの風も顔に当たって顔が歪んでいます。途中途中で休憩しては、カフェ・ダーやヌック・ミアなどを飲みつつ、ゆったりとした坂道を登っていきます。
ホアビンの町はごくふつうのベトナムの町。ホアビンを超えると山々の形も奇怪なものに変わって、不思議な四角い山が時々にょっこりを顔を出しています。
そんなとき、ブルンブルンとバイクが減速しました。ガス欠です。ほとんど人通りのないこの一本満ちの坂道を、ドライバーはバイクを押し、僕は田んぼの脇で自生している植物などを触りながら、歩いています。なかなかいい気分転換ですが、先行きは長そうで、足も疲れてきました。村などどこにも見えないのです。写真に移っているバイクで行きました。
-山越えの道- ドライバーは満ち行くバイクに声をかけ、一足先に別の村へ。そこでガソリンを買って戻ってきました。日陰で小休止の僕を遠巻きに見る子供達が歩いてゆきます。
憤然とやる気が出たドライバーは、猛スピードでマイチャウに向かっています。少しづつ少しづつ勾配のきつくなる山々。気分は映画「サイゴンからの旅人」です。ゆっくりと尾根を登り、突然の急降下に勢いをつけ、そしてまた曲がりくねった別の尾根を........そう、攻めて行くわけです。
走ること走ること9時間。マイチャウの村が見える峠に辿りつきました。見てください、この絶景!!おしりの痛さの忘れる美観です。きっとこのあぜ道の先に、マイチャウ村があるに違いありません。
-マイチャウ村のゲートにて - 山々に山々を超えて、この先がマイチャウ村です。朝6時に出て、到着は3時30分。それでも、もっとも暑い時間です。峠の涼しさが嘘のような高原の盆地の強烈な日ざしが肌を焼きます。>
マイチャウは......ただの流行りの観光地ではありません。この厳しい山岳地帯に囲まれて、ふと出てくる天国のようなのんびりとした村も、歴史的には抗仏運動で不屈の精神で抵抗した村でした。前述のハノイ在住のC氏の家に「Nho Mai Chau」という本がありました。それはこの村の、もう一つの側面をみせる小説です。
こんなこともゲートで考えさせられました。といっても、すぐにリゾート・モードのChieu Nganですが。
-マイチャウ観光- マイチャウ村に到着してから、タイ族の昔ながらの高床式住居を観光客向けに改造したロッジに行きます。ここが宿になります。なかなか立派な作りで20人以上は寝泊まりできそうな広い部屋。屋根も高く、床にはゴザが弾いてあり、木の感触のあるロッジで快適。まずは旅の疲れを癒してひと休み。
1時間ほど昼寝をしてから、マイチャウ村にくり出しました。マイチャウ村は、少数民族の村ですが、交通の便利になった現在(?)では都会のハノイからも近く、生活スタイルのなかの伝統は近代と解け合っています。この日の観光はスペシャルで観光バスの来ない日に来たので、若い人は民族衣装を身につけていません。マイチャウに行くならやっぱりツアーの日がいいかもしれないですね。
それでも、高床式住居の下では、みな伝統的な機織りを営んでいます。素敵でカラフルな絹織物の生地が、手作りでていねいに作られています。こどもたちはブレスレットを作っていました。ほかにも織物を中心にした民族工芸品がさまざま。静かに、機織りの音が村をこだまします。
井戸で水くみを手伝いました。ウ、意外に重い!(笑)
-ダー河のほとり- 夕方まで、バイクで近郊の森に連れて行ってもらいました。誰もいない緑の小さな湖がきれいです。河沿いを走り、鋪装道路を抜けると、細い道が続いています。
沈みつつある曇りの陽に、寂し気な森。そのなかに、ひっそりと屋根の葺いてある立派な農家が。高床式ではありますが、マイチャウ村のものとは少し違います。日本の藁葺きの家のような、そんなごっそりとした感じの家。
小さな滝がありました。水は冷たく、少し足を冷やして、ひと休み。水汲みに来ている少年が去って行きました。
しばらく走ると、木製のおんぼろなゲートがあり、それをくぐった先にちょっとした船着き場がありました。ダー河です。数十キロ先をダムでせき止められたダー河が、上流でちょっとした湖を作っています。船着き場もちょっとした集落になっています。ここから木を運んでいるのでしょうか。
-竹の響く踊り- ダー河から帰るともう真っ暗です。ロッジで夕食をとり、ベトナム・ワインとみんなが言う「ジェウッ」という焼酎のようなお酒を飲みます。
普段のツアーの日は、このロッジで民族舞踊のショーが見れるそうですが、今日はツアーの日ではないので来ないとのこと。たいへん残念ですが、「夜は何もないから飲もう」と話していると、太鼓の音が聞こえてきました。
ラッキーなことに、隣のロッジの数人のフリー・ツアーの客が、民族舞踊のショーをわざわざ呼んで見ていたのです。よそよそと近寄ってみると、ツアー客だけではなく、地元の人たちも上がり込んで盛り上がっているではないですか。そこで、ぼくももちろん只見!最初は階段脇で遠慮がちに見ていましたが、だんだんと靴も脱ぎ、部屋にあがり........
ガイドさんいわく、彼女たちは近隣の村々を巡って、ツアーのお客さんたちのために民族舞踊を見せている劇団なのだそう。劇団にはいくつかの種類があって、そのなかでもこの劇団は、カフェのツアーではあまり見ない劇団で、なかなか上手でよいなぁ、とのこと。キュッキュと鳴く床と、舞う羽衣、そして竹の音。しばしの高原の美に癒される心。
-帰り道、ホアビンの村で- さよなら、マイチャウ。モヤに包まれた朝は少し影のある風景でした。
とはいえ、すぐにカラッ晴。バイクでマイチャウの盆地を抜けて、峠へ、そしてちょっと下ったところに、小さな市場がありました。せっかくなので寄り道。民族衣装の女性たちがたくさんいる市場で、山岳部らしい品揃えの市場です。
なんだろう、これ?と手にとったものは、煙草の葉っぱでした。竹筒で吸う水煙草の葉っぱです。煙草好きの僕としては興味津々。「一口吸ってもいい?」。なかなか吸うのが難しいですね。竹の先で火をつけて、吸っても吸っても、火がつかない。グっと一息。ゲボゲボゲボ。その後、20分間は苦しみました。市場のおばちゃんたちが遠目に大笑い。
ホアビンでダー河の下流にやってきました。ここはベトナムで最大級のダムがあります。ダムと水力発電所。ここの水力発電所もやはりベトナム最大級で、北部一帯の電力をになっているのだそう。ロシアの協力でできたダムだそうです。
真茶色の河のダムって始めてみました。時々放水していて、その白い水しぶきが快感!
さてさて、途中でバイクはパンクします。帰りはお財布がすっからかんで昼飯が食べられず。ハノイへ一直線ですが、下り坂の猛スピードは「ここで転んだら死ぬな」という感じ。延々8時間のバイクに手も顔も真っ黒。これもベトナム的な旅の一つだなぁ。
- Hoa Luu & Tam Cuoc -
北部の景勝地、ホアルー、タムコックに、シンカフェの日帰りツアーで行ってきました。ツアー旅行はひさしぶりで、これもけっこう楽しみです。
ホアルーはハノイ以前のベトナムの首都で、日本でいえば奈良のようなところでしょうか?タムコックは奇岩奇山の立ち並ぶ陸のハロン、ベトナムの桂林です。小舟で渡るこの写真の景色はあまりに有名ですね!
-ホアルー史跡めぐり - ハノイからバスでどのくらいでしょうか、5時間ぐらいだったでしょうか。まずはホアルーに到着して、史跡見物です。旧首都ホアルー時代の王朝は、中国からの脅威にそなえて、奇岩に囲まれた当地に首都を構えたそうです。ハロン湾での中国軍撃退はいまでも有名な物語です。
この写真はその王様の写真(あるいは御夫人だったかな?)です。たいへん優しい顔をした王様ですね。
僕としては、この寺の中にあった、この仏像にたいへん惹かれたのですが。おなかの出具合が実にいいですね〜。
さてツアーは王宮全土を見渡すことができる小山に登ります。
なかなかの絶景!眼下に望むのは、悠久のロマンを感じさせる歴史。その頃、民族独立を考えた闘志がいて、今はひっそりと農村と田園に囲まれているこの地に、鳥の声が空を渡る.........。僕はおいしい空気を吸って幸せ。ついでに冷えたコーラも(笑)
実はこの左手にはタムコックへ向かう小川がそろりそろりと流れていて美しいのですが、それは登った人だけの楽しみ!
-タムコックで船遊び - ホアルーから少し離れた船着き場で、小舟に乗ります。二人一組で船頭さん二人と一緒に乗り込みました。計4人。もう一人の男性は日本人。中学校で社会科の先生をしていて、主に世界史を担当しているのだそうです。船頭さんは中学生ぐらいの男の子が二人。櫂で進む漕ぎ手と、河の底を掻きながら進む操舵手の二人です。
上のホアルー・タムコック・ツアーの写真のように、小舟は少し離れて小川を進んでいいきます。右も左も湿地帯。その先はまか不思議な形をした山が幾重にも聳えています。
船は進みます。音のない世界へ。櫂の音が静寂を増すのです。そして行けども行けども続く風光明媚な世界。
片道1時間半ぐらいでしょうか。小川はおわんのような山の一つに入っています。地底川になっているのです。山の下は鍾乳洞の空間。そしてちょっとしたラグーンが広がりました。ああ、なぜこの時に写真を撮らなかったのでしょう。今、思い出してみると、このラグーンにモノ売りおばちゃんたちがいて、フルーツを売りに来ていて、それがおいしそうだったので、いくつか買って食べていたので、撮り忘れたのでしょう。いやはや、1時間半もゆったりと小舟に乗るのは贅沢の限りですが、なかなかの日射しでフルーツも咽においしいこと、おいしいこと。ちょうど持っていたナイフでなんでも食べられます。
帰りの1時間半は同じ道乗りで暇だろう、ということでしょうか。船に隠し積まれていたタムコック・プリントのTシャツ販売が始まりました。僕はまけじと値引き合戦。相手も船上の利あって一方に引き下がりません。しばし、船を漕ぐのを手伝ったりして様子見です。最後に買ったのは、手製刺繍つきのタムコック柄Tシャツ。今でもよく着ています。素朴なデザインがお気に入りです。
- Hai Phong, Do Son -
ハノイ旧市街のちょっと奥手にあるカメリア・ホテル。その前の貸自転車屋さんでいつもレンタルして町をブラブラしていましたが、今回はバイクでハイフォンに行こう!と計画。さっそくレンタルバイクを申し込みます。
さて、借りたはいいけど、僕はこのカブ・タイプのバイクを運転したことがないのです。「ちょっと教えてよ」と一通り聞いて、エンジンをかけて、ちょっと一回り。ギヤがなんだか唸っています。
レンタル屋のおじいさん「ちょっと待った〜」。息子を呼びつけ、「このホテルの回りを一周してみなさい」と。ふらふらふらふら、仮免もなしの路上で、僕は試験に落ちてしまったよう。おじいさんはガンとして「貸さぬ。危ない」 結局は、列車でハイフォンに行くはめになたのでした。
-ハイフォンの町めぐり - ハノイからハイフォンまで列車で2時間。あっという間に到着の隣町です。案の定、列車では珍しい外国人になって、どこに行く?何をする?.....暖かい列車の旅はバイクよりよかったかもしれませんね!
あ、写真に移っているのは、ハノイ・ハイフォン間の列車ではありません。なんとハイフォンの市内には港湾から施設の間まで、機関車が走っているんですね。ハイフォンと言えば、歴史に名高い蒋介石ルート。ここから連合側の中国への援助物資が送られていたインドシナ時代の軍事拠点です。日本軍もここでベトナム駐留を始めました。
ベトナム戦争では爆弾の嵐にみまわれたハイフォンも今や、すっかりリトル・ハノイ。とても美しい緑溢れる都市として復興して、湾岸都市として活気に溢れています。
このハイフォンでの町めぐりは、ハイフォン駅で頼んだシクロで町並み見物をししました。
これといって見どころのない町ですが、まずは最初にシクロお勧めお寺めぐり。大きな仏像で手をあわせます。
それから、港のほうにいって、ハイフォン港をみます。
町に戻って、町並みをみると、輸入ものがたくさん並んだ店先に湾岸都市の雰囲気が。
カフェダーで一服して、まだまだ昼前。なんだか一日いても退屈そうなので、突如、ドーソン行きを決めました。ドーソン行きのバスをシクロで探しましたが、なんだかんだ行ってバス停に連れて行ってくれません。そして、友人を紹介しよう、とセオムのところに連れて行かれました。日帰りでドーソンだし、時間もないし、ちょっと高くつくけど、仕方ないかぁ〜、とセオムで行くことに決定。7ドル。
-ドーソンで海水浴 - ハイフォンからバイクで走ること1時間ぐらいだったでしょうか。田んぼと塩の生産、海老の生産農家が広がる田園風景を横目に、鋪装なき農道をひた走ると、ハイフォンが誇る屈指のリゾート地ドーソンに到着です。
カラリとした空気がハノイやハイフォンからやってくると気持ちがよいです。ドーソンはそんな避暑地的なイメージの海水浴場リゾート!
さっそく、空腹をみたすべく、シーフードにありつきます。ドライバーと一緒にたべた海老とスープと御飯と焼酎。おいし〜〜。って、それでなんと20ドル(曝)!ぼったくられてしまいましたが、値段を確認したかった僕は泣く泣く支払い。手許にはもう5ドルしかなくなってしまいました。帰りの列車のチケットは既に買ってあるからいいようなものの..........。バイクの運ちゃんも、まさか自分お報酬が減るとは思ってなかったのでしょう、ぜんぜんフォローしてくれず、「まあ、払っとけ」と。
ドーソンにはベトナム唯一の公式カジノがあります。名物らしいので連れていってもらいましたが、貧乏なので、写真だけとってきました。なかなか立派そうなところです。
さて、ようやく辿り着いた海水浴場。さて、泳ぐぞ〜〜、と思ったら、海の家が部屋とシャワー付きで5ドルだそう。もちろん払えないので、「部屋もシャワーもいらないから泳ぎたい」とダダをこね、1ドルだけで荷物を預かってもらいました。
「なんだよこの外国人?」という冷たい目線を横目に、水着で水浴び。でも、ドーソンの海は茶色で、砂浜も灰色。周囲は南国ムードなどなにもなしで、これでは湘南以下ではないか。季節が悪かった!お金がないと椅子も借りれないのだ〜〜。ということで砂まみれになって、ちょっと横たわって、ふう何をしているんだろう。海の家もちょっと怪しいムードが。
適当に寝て、またハイフォンに引き返すことにしました。
持ちがね全額4ドルでは、もちろんセオムとトラブル。一時間の議論のあと、全額支払って、ばいばい。一文なしでは、チェーも食べられません。列車出発まで、2時間は歩きます。ちょっと寂しいハイフォン、ドーソン一日旅行。バイクで来ていたらどうなっていたかな??
- おわりに -
なかなか起承転結ありの、おもしろい旅行でした。
ハノイで購入した民族楽器木琴をホテルの部屋に飾って楽しみ、帰りは米を包む紙袋に包装して帰路へ。
バンコク経由で成田に到着したトルンは、なんと部品ごとにバラバラにベルトコンベヤーを回っているではないですか!
袋はもうバラバラ。トルンの竹はなんだか剣のようにとがっています。それを持って中央線に乗った僕は.......。
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