ダンバウ格闘記
Featuring Vietnamese Traditional Musical Instruments
DAN BAU
- 19974/5 カラオケボックスにて
- 1997/4/27 真夜中のセッション
- 1997/4/29 ゼミナールでの失態
- 1997/10/22 タンロン芸術劇場アンサンブルとの共演
- 1997/10/24 ダンバウ用アンプ購入奮闘記
- 1997/11/11 ダンバウピックアップ交換奮闘記
- 1997/11/11 ダンバウ&一弦琴
- 1997/12/8 僕の大先生
- 1997/12/26 重くなったマイ・ダンバウ
- 1999/2/1 波のない水面に、ひと雫の水滴を
- 1999/10/4 お師匠さまとの出会い
- 1999/12/12 東遊運動
- 2000/5/18 ニューユニット誕生
- 2000/6 ライブ@きゅりあんまでの歩み
- 2000/11/23 「えいたいメッセ-アジア祭-」でダンバウ
- 2000/12/10 コミュニティFM出演
- 2000/12/13 忘年会でダン・グエット
カラオケボックスにて 僕が最近入った日本ポピュラー音楽学会という学会のメイリングリストで、現在ダンバウが話題になっている。(皆さんには丁寧にダンバウのことを教えていただき、今、心より感謝しています。皆さん、楽器から何からとてもお詳しく、頭があがりませんし、僕のような初心者に丁寧に教えていただいてうれしいです。Yさんも、ありがとう)。
ちょうどそこで民族楽器を別の文脈で利用することについて話題になっているのだが、さっそく浅はかながら実験を試みた。昨日、唖記さんから取り戻したダンバウ(貸したらあげたと思っていたらしい)をカラオケボックスにとうとう持ち込んだのだ。
店員がすべて注文を持ってくるのを見計らって、ダンバウをケースから取りだし、アームをセッティングする。そしてシールドを端子2に入れアンプに接続した。そしてM氏とS氏のカラオケをバックにダンバウを一弾き。
ダンバウは予想外によい音がした。大きい音に耐えられるだろうか不安だったが、十分な音量とクリアな音質が得られた。
そして世界はすっかりベトナムとなってしまった。はたして僕の下手な演奏に、ベトナムを知らないM氏とS氏がベトナムを感じてくれたかは定かではない。しかし、メイリングリストのS氏がおっしゃっていたように、カラオケボックス内は一弾きで、もう空気はベトナム!になってしまった。ダンバウ恐るべし!^^)/
.........1997/4/5
真夜中のセッション 昨日の夜11時過ぎ、唖記さんが友達と一緒に家に遊びに来た。一緒だったのは唖記さんのデモテープで歌を歌っているM.S氏と、なんでも楽器を弾きこなすマルチプレーヤーのやはりO.S.氏だ。
M.S氏は、僕の友人からは内緒で「高橋由美子」というアダナで呼ばれている。歌声が「高橋由美子のようだ(T氏談)」ということらしい。「松田聖子ちゃんみたい(M氏談)」と言った友人もいる。こぶし回しやリズム感、艶のある声は僕も素晴しいと思っている。唖記さんが最近リニューアルしたRADIO SHOWでリアルオーディオを使って聞くことができるのでお勧めだ。以前、唖記さんにO.S.氏が作った曲を聞かせてもらったが、クールなファンクものの歌もので聞きやすいがよく練られたいい曲だった。O.S.氏はジャズっぽいギタープレーもとてもいい感じで、聞く音楽の幅も広い素晴しいミュージシャンだ。
そんなO.S.氏に家で例のダンバウを見てもらった。次に月琴を見てもらうと、さすがギタリスト、すぐに音を出してくれた。そして、なんとダンバウとセッションをすることができたのだ。感動もひとしおだ。真夜中のディープなセッションとなり、一緒にいた唖記さんやM.S氏は「やめてくれー」という表情であったが、民族楽器同士でもありサウンドは実にしっくりときていてよかった。適当に弾いただけだが、味はあったと思う。煮つめれば音楽にもなりそうだ。それよりなにより本当に楽しかった。楽器ってこんなに大笑いしながら弾けるものなんだなあ、と思った。
音楽とは楽しんで音を出すものだと心から思えた。民族楽器を弾くと音楽の元来の姿を思い出せる。それはコミュニケーションだ。中国とベトナムの楽器を日本人が弾いてもわけがわからないまま楽しい。そこには伝統やらカテゴリーやらを越えた音楽の力がある。
その後、お茶を飲んで談笑してさよならをした。楽しい夜だった。
.........1997/4/27
ゼミナールでの失態 今日はたいへんなことをしでかしてしまった。
Y教授の基礎ゼミは一年生が対象で、「アジアを知る」というテーマで、フィールドワークを実践するゼミだが、そこでベトナム旅行をテーマに少し話してほしいと言われた。ほいほいと引き受けたが、旅行記を話すというのも妙な話で、少ない時間でベトナムを紹介するのもちょっと難しい。
そこで、最近はまっているベトナム音楽をテーマにしてみようと企画。なんとダンバウを教室に持ち込むという強行手段に出てみた。
まだコースも始まったばかりだし、ゼミの「フィールドワーク」や「民族学的手法」を考慮したかったので、アジアを知るきっかけは、なんでもいいんだ!ということが伝わればよかった。身近な興味対象から異文化を知ることもできる、と伝えられればよかった。
ベトナムの楽器「ダンバウ」を知らない人が「ダンバウ」にもつイメージと、ベトナムの人が抱くイメージの違いから、伝統に息づく民族の意識を説明したかった。実際に今のベトナムの若者はこのような伝統楽器を弾いているのではなく、ポップスやロックを聞いていること、そしてこれらはLAに住む難民が制作した音楽であることや、西洋の音楽であること。ここから、メディア化した音楽がにじみ入ってくることの意義を伝えたかった。一方では、エレキ化したダンバウが、観衆を少数の人数から大多数の観光者に変え、そのような楽器が国外の持ち出されて、伝統とは異なった枠組みで利用されていること。ここから、道具の近代化について考えてみたかった。ひいては、楽器から情報のグローバル化を論じ、経済発展が注目されるベトナムの直面する問題である、情報の国際化について伝えたかった。
現代のベトナムを考える一視点は、こんなところからも発見できることが伝えたかった。なにも資料集を開かなくても、近代化や国際化を考えられ、異文化を理解できるきっかけがあることを。
ゼミで、こういう話をしたのはいいが、大前提であるダンバウの実演で、ちょっと緊張してぜんぜんうまく弾けなかったのだ!下手な演奏の前で、こんな議論はいいわけにしか聞こえないかもしれないなあ、と......。しまった。
間違った文化を伝えてしまっていなかっただろうか。大心配である。
反省して練習します。
.........1997/4/29
タンロン芸術劇場アンサンブルとの共演 ベトナム民族アンサンブルコンサート97に行ってきた。会場は所沢市民文化センターミューズ。出演したのは、これまでも数度の来日公演を行っているハノイ・タンロン劇場の専属楽団だ。このコンサートを知ったのは、ホームページで知り合ったダンバウ奏者のM氏とオフミしたとき、中野のベトナム料理店「フォンベト」でちらしをもらったからだ。
この手のコンサートはまめ情報集めしていないと、ついつい見逃してしまう。今回も知ったのが数日前で、公演日程はほぼ半分が終わっていて、東京公演はもうすでに過ぎていた。運良く、僕としては自宅からも近い所沢の公演が残っていてラッキーだった。
。さて、ちらしには会場の名は書いてあったが時間が分からない。「ぴあ」や「東京ウォーカー」には情報が掲載されていないので、大使館に問い合わせた。開演は6時からだそう。ご丁寧にメンバーが宿泊しているホテルの電話番号まで教えてくれた。
手伝いを途中で切り上げ(ごめんねM氏!)、所沢へ。ミューズホールは最近はやりのレジデンスシアター風で、きれいな作りの建物だった。チケットは会場で直売していたので買った。30分前に到着し会場にはまだ数人しかいない。座席指定もないので、「今日はダンバウの弾き方を徹底的に観察する!」目的のため、最前列に座った。入口玄関ではパンフの他にダンバウやトールンのおもちゃ、CD、カセット、実物のフルート、ダンバウ、さらにはクニまで売っていた。ちなみにダンバウのお値段は1万5千円、クニは1万円だった。
開演は6時半だったが、6時50分ちかくになっても始まらない。楽器の音がしているので、チューニングでもしていて、すぐにでも始まるような雰囲気だったが、始まらない。では、トイレでも、と席を立つと、なんと入口玄関にメンバーが勢揃いしていて売り物のおもちゃのトールンやダンバウなどの楽器の実演をしているではないか!しかもステージ衣装で。僕はさっそくダンバウに近づいた。そのダンバウは僕のダンバウとまったく同じ模様だった!僕が買った楽器店と同じ店のものに違いない。その楽器屋はタンロン劇場から歩いて5分もかからない場所にあった....。1人の男がダンバウを見て1万5千円なら安いといって買っていった。僕ももう1本あってもいいかな?と思っていたのだが。
公演の内容は、伝統的民族音楽のアンサンブルの演奏と舞踊が交互に続き、途中途中に各楽器をフューチャーした曲が演奏される。多民族国家ベトナムの民族音楽は、楽器も多彩なら曲も舞踊も多彩だ。同じメンバーでこれだけのバラエティーのある演奏や舞踊をするのは実に見事なことだと思う。山岳民族の舞踊と多数派ベトナム人の舞踊では服装も異なるから、ファッションショーのようなノリもあって、実に楽しかった。日本の曲も所々に折り交ぜてあり、拍手を誘っていた。一番前に座った僕としては、ちょっとセクシーな動きのある舞踏の最中に舞踏家と目が合ったりして......うれしいけど心は芸術鑑賞芸術鑑賞と自分に言い聞かせて.........^^);;
さて、途中休憩のときも口玄関にメンバーがやってくる大サービスぶり。ダンバウ奏者もいたので、さっそく「教えて弾かせて」と近づいた。「ダンバウを持っているから弾き方を教えて」とねだってみた。ただ楽器が違うとなぜかぜんぜん弾けない。周囲の目が「やっぱり日本人には音だせないのね、民族楽器っておもしろいわ」と語っていたような気がする。
後半は各種楽器のソロが続いた。ダンチャンのソロは実に美しい。トールンの演奏もとんでもないハイテクであっけにとられてしまう。ダンバウのソロでは、想像もしなかった様々な音の出し方と、なんで!弾いてないのに音が大きくなるテクニックや、実に正確な音程と透明な音色に感動。ハイテクな部分ではバックで控えている演奏者もニヤリとするから、きっとコツや方法があるに違いない。だが結局は見ているだけでは分からなかった。アンプなども隠れていたからイクイップメントの正体も分からなかった。ただ、演奏者のダンバウについているピックアップは、僕のものより大きくごついもので、スイッチやボリュームもついていたから、プリアンプを内蔵しているに違いない。僕もアクティブピックアップをオーダーしていれちゃおうかなあ......などと考えつつ収穫様々だった。
客入りはほぼ満席状態だったが、最前列には僕とおじさんの二人だけが座っていた。アンコール前の最後の曲は「くじゃく」をテーマにした曲で、ダンサンブルな曲だった。ここでとんでもないことがおこった。ダンバウ奏者がステージ前に置いてあった竹のパーカッションを手にとり、客に拍手を誘いながらステージを走り回り始めた(カウベルを持って歩き回るパーカッション奏者のように)。勢い拍手が強まるなか、僕も手を前に出して拍手していたのだが、その時ダンバウ奏者と目が合った。するとなんと僕の方にやってきて、そのパーカッションを僕に手渡してくれたのだ!想像に易いと思うが、僕は大注目の的になってしまった。客からも演奏者からも。なんだかよくわからないうちにそのパーカッションを叩く僕。そう僕は、ハノイ・タンロン劇場専属楽団と共演してしまったのだ!
アンコールの北国の春が終わり、再び入口玄関に。そんなこともあって、皆が顔を覚えてくれていたので、メンバーと少しお話することができた。ただの1人の客から参加者となった僕にメンバーの目も優しい。通訳の人も来てくれてダンバウを少しはじっくり教わることができた。ただ、たった一回の授業(?)ではなにもできないのだが、悪いところをなおすことぐらいはできた。正直言って興奮していて、なにがなんだか分からなかったが、とにかく楽しかった。
あんまり楽しかったので、1人で見にいったことを忘れるほどだった。ベトナム熱射病、また再発してしまいそうだ。.........1997/10/22
ダンバウ用アンプ購入奮闘記 ホームページで知り合ったダンバウ奏者のM氏との第二回オフミがあった。今回のオフミの趣旨は、お茶の水でM氏のダンバウ用のアンプを購入することだった。
M氏を紹介してみよう。M氏はダンバウだけを演奏する方ではない。なんとM氏は日本の「一弦琴(いちげんきん)」のお師匠さんなのである。日本の一弦琴の流派の家を継いだ尊敬すべき正統派だ。あるとき、世界各地にある一本弦の琴に触ようと考えて、その手始めにダンバウを選んだそうだ。この夏には3週間、ホーチミンで特訓を受けてきたそうである。亜流どころか、ただ「おもしろい」だけで弾いている僕のダンバウとは大違いだ^^);;
M氏の留学中、ベトナムで外国人が「ダンバウ」を弾くことは多いに歓待され、また、M氏の日本の一弦琴の演奏が紹介された。この文化交流の成功は、ベトナムの新聞「若者」にも掲載されている。この「若者」紙は、ホーチミンで発行されている週間新聞で、ポピュラーな内容とカラーを用いた彩りのある紙面で、多くの読者に人気のある新聞だ。いわゆるベトナムの新聞でイメージされがちな「内儀」の新聞ではなく、市民の新聞的な存在だ。
ダンバウ用のアンプは、普通のギターアンプを用いるのが最適だと思う。電気をくっつけたアコースティック楽器ではあるが、ラインにDIをつけて直で卓に送るとボディーの響きの持ち味が消えてしまうし、アタック音が目立ちすぎて味気もなくなる。ダンバウのピックアップはしっかりと蝋漬けしてあるので、ハウリングもさほど起きない。実際にダンバウのステージではギターアンプが用いられている。ただ、M氏はずっと、まさにアコースティックな一弦琴を弾いているので、電気関係に弱いのだそうだ。そこで僕がアンプ選びのお手伝いをした。
M氏は持ち運びの関係から小さいアンプが欲しいとのこと。また予算の10万単位のものはキツイのだそうで、10Wクラスのコンパクトなアンプに焦点をしぼって選んで見た。
しばらく楽器屋から遠ざかっていたので、コンパクト・ギター・アンプの市場の豊かさには驚いた。市場の豊かさだけでなく、その品質の向上ぶりにも驚いた。最初コンパクトアンプを購入したいと聞いたときは、正直言って、ろくなものがないのでは?と思っていたからだ。ギターアンプなんて大きければ大きいほど、重ければ重いほどいい音がするものだと思っていたからである。
最初に僕がギターでハーモニックスだけを出していくつかアンプを試してた。そのなかでもましなものをピックアップして、その後にダンバウで試してみた。M氏がダンバウを取り出したときの楽器屋の表情といったら!
この時点でヤマハやフェンダーのコンパクトアンプはことごとく落ちた。ヤマハはあまりにもチープな音で、ボリューム負けしてボツ。フェンダーはハイとミドルのトーンが重なっていて音色カラーが安定していないのでボツ。こういうアンプ(フェンダーの安アンプはホントにダメアンプだと思う)はダンバウには向かない。BCリッチやマーシャルなどのHR向けアンプもだめだった。マーシャルはキャラクターがキワモノすぎてトーンの効果がまるでなく、BCリッチは弾かずにボツにした。その他にもいわゆる4万円以内クラスのコンパクトアンプは、オーバードライブが売りのもの以外、たいてい試してみたが、ピンとくるものは少ない。
さて、おもしろいことにギターでいいなと思えるアンプと、ダンバウでいいなと思えるアンプは違っていた。その原因はギターとダンバウではハーモニックスの出る「勢い」のようなものの差にあるように思える。この時点で残ったアンプは、ローランドJC20とDODのアンプ、グヤトーンのチューブプリ、名前は忘れたが小さなメーカーのチューブプリだった。このなかでも逸品はDODのアンプで、小さなボディーながらにして、箱鳴りのシミュレーションが非常にしっかりして、耳心地のいいアンプであった。ただこれは、いわゆる埋もれそうなサウンドでもあり、単独で聞いたときだけいいのであろうが。ダンバウにもギターにもきれいなサウンドキャラクターのアンプだ。ただいまいち説得力がない。グヤトーンのチューブプリは、予想どうり荒々しい感じだったが、ハリと艶のあるいいアンプだった。ただ、ダンバウを鳴らすには少々、反応が鈍い。ダンバウはピッキングしたその瞬間がとても重要だからである。もう一つのチューブプリも同様の感想だった。ローランドJC20はギターで弾くと、かなりイマイチなアンプであった。JC独特のなにかに包まれたような線のくっきりさと、べったっとしたDIサウンドは、JCシリーズに共通のものだった。小さくなってもまったく同じ音のするアンプは、さすが世界のローランドと関心するばかりであったが、ギターにはどうもと思った。ところが、なんとダンバウを鳴らしてみると、アタックの鋭敏さが実に音を出しやすそうな感じなのだ。しかもミドルに独特のヌメリ(ああ800Hz!)が、こうなにかベトナムだよ!という感じで、ダンバウ独特の音程変化の仕方と実にマッチするのだ。ダンバウで弾くと、なにかに包まれたようなサウンドは、「竹の音(うまく表現できないのだが)」のようで、まったく人工的な感じがしなかった。ただコーラスはぜんぜんだめだったが.....。ガツーンとくる音だった。JCならどこへ行ってもたいていは置いてあるし、音作り応用もきくにちがいない。
そんな感じで、楽器屋のヘンナヒトの二人は、納得できるアンプを購入することができた。僕も協力できてうれしかった。
その後、お互いにダンバウを見せあって、少しダンバウの本場の弾き方を教わった。おもしろいことにM氏のダンバウはホーチミン仕様のダンバウで、僕のダンバウよりも幅がかなり細い。半分くらいだ。しかもボディーはセンターを中心に折り畳むことができる!だからケースに入れるとサックス程の大きさになってしまうのだ。しかもセンターは木の板で区切られているので、右半分と左半分の響きが別になって、というよりも、ボディー全体に響くということはない。ホーチミン仕様のダンバウは、エレキにした時点でボディーの鳴りを考えにいれてないのだそうだ。骨だけあるエレキ・コンバスと同じ発想だ。僕のはハノイ仕様で、大きく、鳴るが、持ち運びには苦労する。お互いにうらやましがった。楽器とはそういうものである。
M氏は11月29日に一弦琴の公演会でダンバウも演奏なさるそう。是非、見にいきましょう。.........1997/10/24
ダンバウピックアップ交換奮闘記 唖記さんの紹介で楽器屋に行き、ダンバウの改造を頼んできた。
僕のエレキダンバウは、いい楽器ではあるのだが、いささか立て付けが悪い。ボディー等の立て付けに関してはなんとか目をつぶることができるが、こと電気系の立て付けの悪さは聞き過ごせない問題だ。さほど気になることでもないが、かなりのノイズが出てしまうのだ。それとボリュームをつけてみたかった。
楽器屋は「フーチークーチー」という楽器屋さんで、唖記さんがニューヨークのオーダーギターを購入して以来お世話になってきた楽器屋さんであるという。また国内のトップレベルのオーダーメイドギターの製作を行っているとのことだ。店に入ると立派なアンプや機械類と、かなり高価なギターやベースが展示されている。実に清潔でいい感じの楽器屋さんだ。
さて、民族楽器の修理をしたい、と言うと変な顔をされるのではないだろうかと思ったのだが、すんなりと受け入れてくれた。これまでも琵琶などのエレキ化もやったという。実際に楽器を持ち込んだときは、なんだああ??という顔だったのだが。
楽器屋さんの方には実に懇切丁寧に相談に乗っていただいた。僕はそのあたりの説明はみんな唖記さんにまかせていたからよく覚えていない。が以下の点が問題なのだそうだ。ボリュームを取り付けるのは簡単だそうだ。一番の問題はノイズ対策のアースの接点がないということだった。
ギターの構造とまるで違うので、ノイズ対策の仕方をかえなくてはならないそうだ。空中の電磁波からのノイズをキャンセルする機能がギターのボディーの中にあるという。しかし、それはダンバウではどうしたらいいのか想像が付かないとのこと。個性をいかしつつ、どうしたらいいのか真剣に悩んでもらった。みなさんの楽器に対する愛情と情熱を心から感じた。
なんでもその場にいなかった「フーチークーチー」の社長さんは、こういう民族楽器が大好きらしく、相談にのっていただけるとのこと。ダンバウはしばらく預けることになった。心強い。......1997/11/11
ダンバウ&一弦琴 11/29(土)
きょう、というか昨日。朝からJASPM(日本ポピュラー音楽学会)の例会に東京経済大学に行く。
東京経済大学は家から徒歩3分だが、あまりの近さに油断して1時間みそびれてしまった。発表には共通問題意識として「異文化としてのポピュラー音楽受容」というテーマがあって、たいへん参考になるもので、参加した甲斐があった。
懇親会はさぼって、ダンバウ友だちで一弦箏奏者のM氏のコンサートに行く。
邦楽の学校の同期生のメモリアルコンサートで、箏や尺八、三線などの楽器で現代曲を演奏したコンサート。
カジュアルな雰囲気で楽しめた。
ダンバウの日本での演奏も実に不思議な感じがしていい。M氏の友人S氏と飲んでから帰宅。最近の週末は研究会続きだ。1997/11/29
僕の大先 最近、E-mailを通じた偶然というかシンクロニシティというかに驚いている。
ダンバウのホームページを作り出してから早8ケ月がたった。
このページを作るため、多くの人に電子メールでダンバウのことを聞いた。そんななかで、アメリカ在住のベトナム人の方の中に伝統楽器をテーマにしたホームページを制作している方がいて、その方の紹介で、ダンバウ奏者であるT氏とのメール交換が始まった。
T氏はホーチミンの音楽学校で伝統楽器を専攻した後、カナダに移住し、ダンバウだけでなくダンチャンなど各種の民族楽器をこなし、プレーヤーとして活躍なさっているという。僕は今、電子メールの通信教育でT氏からダンバウを習っているのだ。文章で楽器を教えるのは簡単なことではない。それをおしてT氏は懇切丁寧に教えてくれる。非常にうれしい話であり、また、インターネットならではのよさだ。
ところで、僕はダンバウのホームページに楽器の写真を載せようと思ったのだが、僕がニヤニヤとダンバウを持っている姿を載せてもあまり美的によくない。そこで、アメリカのベトナム人向けエンターテイメント産業である「アジアエンターテイメント」から発売されているビデオから、ダンバウ演奏場面をスキャンして載せていた。ピンクのアオザイを着て、しなやかにダンバウを演奏する美しい女性の写真の方が、僕のダンバウ演奏場面よりもはるかによい。ただしコ『イーライトは違法なのだが.....。さておき、僕はダンバウの教科書を持っているわけでもなく、このビデオが唯一の教科書なのだ。このビデオを何度も何度もくり返して充て、ストップモーションで動きを研究し、こうして今は少しは音を出すことができるようにもなった。僕の尊敬すべき先生はビデオの中......だったのである。
また、ベトナム旅行中に寄った「ブルージンジャー」というレストランでの民族楽器の演奏が、写真で手元にあったので、やはりスキャンして載せておいた。合奏の雰囲気を見てほしかった。 あるときT氏とのメール交換の最中、僕はポップスでダンバウを利用することについて、どう感じているのか質問をしてみた。するとT氏は「一昨年、テト(ベトナムの正月のこと)のフェスティバルでポップスのアーティストと共演したとき.....」の話を聞かせてくれた。「その時の模様がビデオで発売されている......」とのことだ。そのビデオはなんと「アジアエンターテイメント」のビデオだという。共演アーティストはビデオの目次とまったく一緒だ。クレジットを見るとなんと、T氏の名前が載っているではないか。僕は、電子メールを交換する前から、T氏にダンバウを習っていたのだ....ビデオを通じて。なんと不思議なことだろう。
T氏にそのことを告げると、僕のホームページを訪ねてくれた。さらに、T氏はベトナムに住んでいた頃は、ブルージンジャーのすぐ裏のオフィスで働いていたそうで、僕のページに張り付けてあるブルージンジャーでの演奏者の名前を全員知っていて、教えてくれたのだ。T氏はブルージンジャーに出演したこともあるそうだ。驚いたのはお互い様であった。僕がベトナム旅行をしている最中、T氏もベトナムを旅行していたらしい。
ダンバウのホームページを作り出してから早8ケ月がたった。
最近、E-mailを通じた偶然というかシンクロニシティというかに驚いている。
....1997/12/8
重くなったマイ・ダンバウ そういえば、ダンバウがアクティブピックアップつけて返ってきてました。
夜、久々に練習。
バッファーアンプ内蔵してノイゼレス、電池つき民族楽器になって、少々重量もまして返ってきた。1997/12/26
波のない水面に、ひと雫の水滴を 電子メールでダンバウを弾いているという方からメールをいただいた。メールには「一時帰国中」と書いてある。日本にいながら帰国中とは??と不思議に思いながら、日本の一弦琴の先生M氏に続く、第二回ダンバウ・オフミがあった。
30日の土曜日の6時にJR信濃町駅で待ち合わせした。相手のことはまったく分からないから、僕はネパール製のカバンを持って立っていると特徴を説明して、見つけてもらうことにした。そこにあらわれたのは、僕よりは20才は年上であろう女性であった。インターネットで会ったのだから若者に違いないと思い込んでいた僕は驚いた。
物腰柔らかい素敵な女性はS氏。日本人だ。ホーチミン市で日本語の先生をしていて、滞在4年目の長期滞在をしているそうだ。アジアで日本語教師というのも、若者の代名詞だと思っていたから、ふたたびたまげた。しかも4年目という長さだ。自分が日本語を教えていることから、何か自分もベトナムの文化について学びたいと思い、ダンバウを始めたそうだ。ベトナムの独特の楽器ということでダンバウを選び、その後にダンバウの音を聞いて魅力に惹かれたそうだ。ホーチミン市では、民俗音楽の専門家の家庭教師からダンバウを教わっているということで、ダンバウの文化などにも造詣が深い。今、ダンバウの歴史についての資料を集めつつ、なにかまとまったものを書き残したいと思っているという。
ダンバウを目の前に、楽器にふれながら話したいとメールにあったので、ダンバウを持って信濃町に向かった。S氏はインド人の友人と一緒に来ていたので、ベトナム料理の案内でもと、その四谷に行きベトナム料理「ティエン・フック」へ行った話した。
本場ベトナムで本格的に習っている人の話しは、さすがに本質にずばりと切り込む表現をする。 たとえば、ダンバウの音は「波のない水面に、ひと雫の水滴を落とした時をイメージするといい」と習ったという。このときできた波の広がるイメージを、ピッキングしただけで鳴らすのが理想なのだそうだ。左手のバーを動かす前に、この広がりある音を鳴らせるまで練習しなくてはならないのだそうだ。
また、口承伝承的な楽器に対する身体の役割も、ダンバウには大事だと習ったという。左手は心臓に近く、人間の血を運び情熱を伝えるもっとも重要なものであり、それは命を込めるものであるのだという。心臓から遠い右手は死んでいる。右手で弾いた音を、左手で揺らして音を変えるのがダンバウの奏法であるが、この左手こそが音に生命を与え感情を込める役割を果たしているのだという。
この二つの逸話は、13世紀から伝わりベトナムの心をあらわすという独特の民族楽器のダンバウにみる、自然と人間の関係をあらわしているのかもしれない。
その後に、近くのカラオケボックスに行き、マイクのかわりにダンバウを繋いで弾きあった。民族音楽を習っているということだったので、僕は「子守唄」を弾いた。S氏もいくつか伝統的な曲を弾いた。僕のダンバウはバーが堅くて弾きづらいと言いながらも、美しい音色で弾いた。さすがだ。ロックギター出身の僕ともっとも違うのは、音の出し方の柔らかさだ。打楽器のように強く弾く僕とちがい、しなやかに音色を紡ぎ出している。ダンバウは民族楽器で、音程の変化の仕方には文法のようなものがある。僕の文法はやっぱり日本語だが、S氏の鳴らす音は本場ベトナムの音がするのである。感激した。勉強になった。
今、S氏は日本のメロディーをダンバウで弾くことで、日本に帰ってきてからもダンバウを紹介したいのだという。メロディーが分かりやすければ、楽器への親しみも持ちやすいからだという。 それからカラオケで「北国の春」と「こうじょうの月」を流して、ダンバウで弾きあった。僕なら、グレーとか、渡辺美里ちゃんとか、ホイットニー・ヒューストンの曲とかもダンバウで弾いてみると楽しいだろうなあ。1999/2/1
お師匠さまとの出会い タケミツ・メモリアルの美しい会場で、オーケストラをバックにハイフォンさんのダンバウが響いたときは、本当に感動しました。会場の音響は実に素晴らしく、個々の楽器が浮き立つこともなく、それでいて、ダンバウのような民族楽器が西洋の楽器と、なんの違和感もなく解け合っていました。ハイフォンさんの素晴らしい演奏テクニックと美しさ、また民族音楽を現代風に楽曲アレンジした作曲家の力、またオーケストラの演奏が、みごとな調和をかもしだしていたと思います。
演奏されたのは二曲で両曲とも民謡でした。こうした音楽はしばしば単純な演奏のほうが力強いイメージを与えると僕は思っています。ダンバウの声のようなメロディーだけで奏でる魅力は、シンプルでありながら力強いと思います。こうした観点から考えると、高度に知の結晶を濃縮した近代的なアレンジによる演奏は、直接五感に訴えかけるものではなかったかもしれません。しかし、音楽的バックグラウンド云々なしに、どのような人でも、先日の演奏をきけば、知的興奮のなかに引き込まれたに違いありません。ベトナムの伝統音楽が、ベトナムからちょっと離れて文化的土台の異なる東京で演奏されることは、ある種の懐古的感情換気の土台を失わせてしまうことかもしれません。タケミツ・メモリアルのような、抽象的で平たんなオペアハウスで演奏されればなおさらのことです。ところが、今回の演奏は、その地の利が生きてきていたようです。空間を縦横無尽にからみあいほぐしあう音と音の織り成す時間の饗宴に、ダンバウとかベトナムとかいうこだわりなどを忘れて、なにか共通して分かち合え、芸術としてその力に魅了させられる瞬間を味わうことができたと思います。
以前、テレビの「題名のない音楽会」という番組ので、ダンバウとオーケストラの融合が放送されたことがあります。このときは、オーケストラとダンバウが分離しすぎていて、あまりいい印象を持ちませんでした。実はここで演奏していたのがハイフォンさんだと知ったのは、先日のコンサートでのことでした。しかし、今回はあらゆる意味で、テレビ放送での出来栄を越えていて、素晴らしいものでした。
会場で当日券を購入しコーヒーを飲んで一服しているとき、なんと日本の一弦琴の奏者でベトナムでダンバウも習っていたことがある友人にばったり会いました。「ひさしぶり〜」と話していると、なんと彼女はハイフォンさんにダンバウを習ったということなのです。前日はハイフォンさんと一緒に東京見物もしたのだとか。なんという偶然でしょう。また楽しい出会いが!そこで、公演が終わった後に、彼女と一緒にハイフォンさんの楽屋を訪ねることができました。念願かなって、ハイフォンさんと会うことができました。といっても、僕は緊張してガタガタになっていたんですが!いろいろお話したいことがありましたが、公演後でお忙しいようでしたし、ちょっとだけしか話せませんでしたが、うれしかったです。なによりもびっくりしたのは、日本語の上手なこと。すばらしいですね。1999/10/4
東遊運動 ベトナム版ルックイーストである東遊運動の「東遊(ドン・ユウ)」を名に冠したドンユウ日本語学校出身の留学生の忘年会があった。現在、活躍中のOBや留学生の友人などを交えた40人ほどのパーティだった。
僕のベトナム語の先生であるS氏からメールをもらって誘われたのだが、パーティというより「忘年会」という名の飲み会だと思っていたから、行ってみると実は立派なパーティで驚いた。僕はこうしたパーティを、友だちどうしの飲み会と間違えて、ひどい格好で参加したりお気楽モードで受け付けでビビったりすることがときどきある。去年の友人の結婚披露パーティもそうだった。あの時、僕はダンバウを弾いてほしいと頼まれていた。気軽にOKしたら皆が盛装で参加する披露宴だったので「え〜、弾きたくな〜い」とダダをこねた覚えがある。今回も同様に、S氏にダンバウを弾いてと言われていて、「おもちゃになるなら持っていってもいいよ」と引き受けていたら.......みなが「演奏してくれるのだって?」と聞いてくる。ヤバイ。
ダンバウに触っている時間が最近はほとんどない。もう3ケ月ぐらいまともに触っていない。触っていなくとも格段の変化はないが、やはりニュアンス命のダンバウの表現は下手になる。もっとも大きいのは曲を忘れてしまうことで、民族系の曲は忘れるとメロすら頭に上らなくなってくる。楽譜で勉強していない手習いの辛さだが、せっかくある程度練習しているのだから、こういう出物のときぐらいのオハコはつく手おかなくては。
気軽な飲み会だと思っていたから、マックも音源も持っていかず、練習もしていなかったから、けっこうオサムイものになってしまったかもしれないが、僕としては話題のネタになって、いろんな人と話すきっかけになったし、よかった。
今も続く東遊運動の流れは、僕に東南遊運動を誘っている。1999/12/12
ニューユニット誕生 この日は長らく楽しみにしていたダン・チャイン/ダン・バウ・セッション大会があった。ダンバウ担当のT氏は、長らくJAICAの技術協力で家族とともにベトナム・ハノイに赴任されていた方で、ハノイ音楽院のキム・タイン氏から数年にわたりダンバウの師事を受けたというつわものである。ちなみにこの話は、ベトナム語エスニック・メディアである「月刊メコン通信」に「Toi va Dan Bau(私とダンバウ)」と題して掲載されている。異国の民族楽器を習う苦労や、ダンバウの音楽解説、作品製作記、今後の活動の抱負などが書かれたエッセイで、T氏の新鮮な感動とディープな異文化体験に触れることができる。ダンバウに興味がある方なら一読をおすすめたいものだ。この雑誌の発行元のメコンセンターでお会いし、このたび夢のセッションとあいなった。
T氏は本当に心からベトナムが好き〜〜〜〜という感じの人。数年の滞在の話などを聞くのはとても楽しい。この日はT氏のお宅におじゃましてのセッションだったが、その部屋といったらベトナムの小物だらけで、かわいいといったら!しかも、すごいことに部屋にはダン・タム・タップ・ルック(名前忘れた...36弦の打琴)やクロンプット(竹製の山岳民族の楽器で、手のひらをたたいて竹を鳴らす楽器)があるのだ!日本でこのような楽器をみれるとは.........感動した。この二つ楽器は、たぶん最も持って帰るのが難しい楽器だと思う。とにかく重くて大きいからだ。僕自身、トルン(山岳民族の巨大な竹製の縦型木琴)を持ち帰ってきて、「ふふふ、こんなヤツはいないだろう」と自画自賛していたが、これには参った。
T氏はまた、ダンバウもかなりすごい楽器を持っている。まず、すごいのはT氏のダンバイは折り畳み式なのだが、大きさはハノイ式そのままの大きいサイズ。ホーチミン市ではあまりみかけないタイプだ。ホーチミン市の折り畳み式ダンバウはサイズが半分ぐらいの細いものだ。それから、楽器の柄をいくつもお持ちなのだが、これがまた特別で最高に弾きやすい。一本ほしいぐらいだ(^^)。またピックアップにはプレジョン・ベース用のピックアップを改造して鑞付けにしたものが装着されている。ちなみに僕のはギター用のを改造したものだから、かなり小さい。なにがすごいって、きわめつけは、なんとスピーカー内蔵型ダンバウなのだ!。もう脱帽である。
余談だが、T氏のダンバウは単一電池が直列で6本入っている。だからとても重い。ダンバウの形を想像すれば直列につなげるしかないわけであるが、ならばいっそのこと9V電池を使えばいいではないか?と首をかしげたくなるが、その点はベトナムらしくておもしろい。単一電池6本の先は巨大な基盤が。プリアンプにしては妙なものが入っているなぁ、と思いきや、メインアンプだったのだから驚きだ。僕はいま、ダンバウを弾きはじめてから、オーディオ的によい音がすべてとは思わなっくなっている。もしかしたら、カセットテープやレコードをよい音と思うように、 このような回路でこそダンバウ独特の音が出るのかもしれない。しかし、もともとはアンプなどなかった楽器にこのような改良をほどこしたのであるわけで、日本の増幅技術の粋を集めてダンバウを応援したら、どんな楽器ができるだろう、と想像を膨らませてしまった。
さて、こうして楽しみにしていたセッションの開始。僕のダン・チャインの技術はまだまだで、たくさんの曲も弾けないし、アドリブもきかない。しかも、ベトナム民族楽器を「一緒に」弾くのは初めてだったから、けっこう緊張してしまった。でき云々はさておき、たいそう楽しかった!T氏のダン・バウは女性らしい繊細な音色と音使いで魅力がある。これからも、せひときどき一緒に弾いて楽しみましょう<T氏
そうこうしているうちに、T氏のお子さんが学校から帰ってきた。とってもかわいいお子さんだ。なんと、お子さんはダンバウの音を鳴らすことができるではないか。クロンプットだって鳴らせる。その姿のかわいさといったら!将来が楽しみだ。2000/5/18
ライブ@きゅりあんまでの歩み 6/7
T氏とのBau&Tranh Duoのリハ。T氏のお宅で。
今回は、Trong Com/Ly Cay Da/Se Chi Luon Kim/Nguoi Oi Nguoi O Dung Veを連曲にしたアレンジを考えたので、T氏にプレゼン。気に入ってもらえたようでうれしい。なかなかロマンチックな展開ではないかい??
6/8
T氏とのBau&Tranh Duoのリハ・アゲイン。T氏のお宅で。
ある程度はまとまってきたと思う。T氏が近くの市民会館の体育館をとってくれたので、ちょっと広い場所でも練習。しばらく練習していると、お爺ちゃんお婆ちゃんが音を聞き付けて聞かせてと。人前で弾く緊張感が練習になる。喜んでもらえたようでうれしい。
6/9
T氏とのBau&Tranh Duoのリハ・アゲイン&アゲイン。T氏のお宅で。
ほとんど詰め込みのリハだったように思う。というかこの週にしか練習していないというのが本音。まあ、結果オ〜ライだけど。あ、いちおう、仕事は午前中にちゃんとやってます。遊んでいるだけではありません(^^);;;
T氏の次女Yちゃん(5才)は僕のことを気に入ってくれている(*^^*)<お母さま談。Yちゃんの笑顔はかわいくて、辛い練習の苦労を癒してくれる(笑)。T氏のお子さんはみんないい子だ。お姉ちゃんは小3だがフランス語がしゃべれて、お兄ちゃんは小6で英語が達者だ。Yちゃんは外国語は話せないが、将来はカッコイ〜旦那さんを見つけるだろうか?
今日も体育館でもリハ。T氏の友人に疑似的に観客になってもらっての練習。しだいに緊張感が増してくる。楽器をクルマに搬入して帰宅。この週の睡眠時間、平均2時間。
6/10
朝、画家でデザイナーのF氏の宅によって、コンサート会場前の展示会用の絵を運び込む。渋滞のなか、会場のきゅりあんに向かい、コンサートの裏話などを聞くなか、業者の機材車は到着してしまったよう。焦る。会場に辿り着いて、機材に追われているなか、F氏をクルマに置き去りにしてしまった<スミマセン
セッティング&リハが始まった。しかし、セッティングをぶっ飛ばしてバンドは練習を始めている。なかなか大胆な試みだ。リハの順番など、誰も決めていない。すごいことだが、まあ仕方がない。僕らのリハはいつなの?と焦っても仕方ないので、適当に楽屋で練習を。当のステージではリハの順番云々でモメているようにも。大丈夫だろうか。表の展示会場では楽器の展示会をやる予定だったが、場所なし、プログラムなし、ということでかなり寂しい観じ。
さて、とうとう本番。会場は..........ほぼ満員。入り口展示会場はすごい状態だ!1200人がいっぺんに来たようだ。ステージ横であこがれの歌手を見る。Loan Chauちゃんと話す機会はなかった、というのも本番前の歌手はみんなピリピロしているから、でも目でウインクしてもらう。。Khanh Lyのステージも感動。横で見れるなんて。テレビや本のなかのようにLoanも横で心配そうに見ている。Dien Xuaの時なんて、泣いちゃいそうだったよ<ぢぶん
さて、他人ごとではない。僕も出演しなくてはいけない。時間はせまってくる。T氏は赤い目の栄えるアオザイで美しい!僕は茶色のベトナムシルク。緊張している。美人MCのH氏と演奏前のインタビューの打ち合わせなどをしつつ.......励ましてくれてありがとう........とうとうやってきた!インタユーで、T氏はダンバウを始めたわけを、僕はダンバウ&ダンチャインの楽器の説明をした。で、演奏。緊張はしない。1000人級のステージではライトで観客はほとんど見えないから。というより、一回しか弾けないという意味ので、アーティスティックな緊張感はある。適度に間違えつつも、リズム感はよい。音のバランスは悪いが、ステージの中で出音は分からないから、堂々と弾くのみ。そうしているうち、僕のソロがやってきた。とその時!ブチ.......おいおい弦が切れちゃたよ。バラードの前なんだけどなぁ.............。
あっという間に演奏時間は終わった。弦が切れて頭が飛んだ僕の耳に拍手は聞こえていないが、まあ大拍手だったようだ。ステージ横まで、顔はそのまま。で倒れこんで自己嫌悪。なぜ弦を変えなかったのだろう。
あとは、どんどん時間が過ぎ去った。このコンサートではファッションショーがああったけど、このショーはなかなかの見物だった。
終わった後も、ボランティアは続く。弁当の仕入れから、運び込み、楽器のかたずけ、レンタル機材の返却など。演奏する人がやるべきなんじゃぁないかなぁと思いつつ、まあ、僕もマイクを一本使ったことだし。T氏にくわえ、VNRのM氏や友人のH氏なども最後まで残ってのかたずけを。
なんだかそのまま帰るのが寂しくなって、F氏に電話したら飲みにつきあってくれるとのこと。わ〜〜と話してすっきり。ライブのあとは打ち上げないとね! で、今日の感想。疲れたけど楽しかった!!DTMさんありがとう。
6/12
朝、体中がいたい。
お仕事ファックスで目覚めて、その後は授業のアシスタント。
帰りは飲み。
先生にE-mail をかいた
Dear My Teacher
I want to report to you about show which I appeared.
This night, the show had finished. I enjoyed this event so much.
Through this event, I could make a lot of VNese-Japanese friends or VNese American performer......one of them sang sang Diem Xua!! I could talk with her!! How wonderful!!
And I really think Dan Tranh make my world more large!! I could have firends who is interested in VNese traditional music or musician who think what is VNese music are.
I am ......lucky!! :))))
But my play was ..........the worst, because.......when I was playing song, strings was suddenly cut :((
Unluckily the lowest DO string was cut.........I am crying now :((
In these week, I thought about this show(as omnibus) and found 1 conclusion....it's to make song more short and dramatic. And at last, I arranged "Trong Com/Ly Cay Da/Se Chi Luon Kim/Nguoi oi Nguio o Dung Ve" and make these songs as 1 song.....never stopp as medley. So we played only 1 long song.......
"Se Chi Luon Kim" was my solo part with free tempo........but the strings was cut in this song.......I tried to change note which I can play (more hign note, more octave ) but it was too difficult for me.......every guests said my Dan Tranh was "not so but or beautiful, etc"...... but ummmmmmnh. oh my god, I know I must have many experiences, but why hard experiencs came the first :((((
I am sorry to write my sad story, but I think to tell you about truth is my responsibility as .......anyway, .
Bau/Tranh duo with my friend continue.
And I will continue to practice more!!
My best regards to you, and your family.
Sincerly yours.
6/17
その後は、某M社の雑誌のライターさんが、T氏とともにベトナム音楽について取材をしたいというので、国立のフエドで待ち合わせ。なぜか写真にまで写ってしまった。ダンバウと一緒!!7月末には発売だという。フエドでは店長の熱い話が続き、さてさて........取材になったのでしょうか?(笑)
6/18
夕方から、ベトナム語講座の級友であるO夫妻と食事に。場所は十条にある「青いパパイヤ」。ちょっとウチからは遠いが、たいそう旨いので、僕は好きだ。お店の方々も非常に優しい!特にお店の奥様はたいへんな美人!その弟さんは小金井に住んでいる留学生。そんなかんじで仲良くしている。
今日は、なんとO氏からダンバウを持ってこいとの指令。特訓の成果を見せよ、といわれ、一応持参。とはいえ、店で大きな音を出したら迷惑だろうし、弾くことはないだろうと、タカをくくっていた。
すると、お店にはなんとダンバウファンのおじさま(名前わすれ)まで来ている。店長さんが僕がダンバウを持ってくるとの情報を聞き付けて呼んだらしい。
ということで、店でダンバウを弾くことになった。今、アンプがないので、あまりいい音がしないが、増えたレパートリーを弾く。実はけっこう人前で弾くのは好きらしい。料理店で週末、お客さんのためにダンバウが弾けたら、そうベトナムの料理店のように、Hai Phuong 先生やMinh Thanh先生のように弾けたら、いいだろうな。彼らは芸術家で料理店で弾くことをどう思っているかわからないけど、僕が趣味のパフォーマーだし(^^);;;
さて、O氏の旦那さんは、もう僕と年の近い娘さんがいる。その彼がベトナム旅行に行ったというので、旅行記を送ってくれた。読んでみてびっくり。なんと中部高原のバンメトートからバイクを買ってハノイまでバイク1人旅をしたというのだ!!!
ということで、今日の食事会では、その壮絶な中年暴走族の大冒険を聞く!僕も元気がでてきた!O氏夫妻、本当にあなどれない(笑)
コミュニティFM出演 墨田区の中小企業商工会議所連盟みたいなところが主催している展示会祭「えいたいメッセ-アジア祭-」でダンバウを弾いた。ちっこい規模のアトラクションだと思っていたら、立派なホテルのイベント会場で、200人規模のスタンディング・ホールだった。周囲はみなネイティブのプロかセミプロばかりで、たった独りネイティブでもなければプロでもない僕はアイデンティティ不全に陥ったけれど、なんとか楽しく無事終了。ソロ&CDに合わせて、ベトナム民謡の演奏。30分........とても静かな30分(^^;;) 見に来てくれたF氏、T氏ありがとう&出店していたショップベトナムのD氏もありがとう。2000/11/23
コミュニティFM出演 日曜日、昔の友人K氏がコミュニティFMのコンテンツ製作をしていて、今週分のコンテンツがないので、なんかない?ということだったので、ダンバウはどう?と行ったら即採用(笑)聞くところによると、地域のコミュニティーFMに番組配給を行っているのだそうで、そういう場面を見てみたくて、すたこらスタジオに出向いて、ついでにダンバウの紹介をしてきた。藤沢にあってけっこう遠いのだけれど、同級生が起こしたベンチャーだというので、見てみたかった。たどりついたスタジオは僕の部屋のような場所だったので、かなり愛着がわいた。同時に、スタッフのみなさんのベンチャースピリッツじゃないけど、熱いやる気のようなモノを感じて、すごく楽しいいい日曜日だった。ダンバウで弾いたオリジナル曲を放送していただきました。感謝!メディア製作の場を見ること、それほど僕にインスパイアを与えてくれるものはないなぁと再確認できた。下手なおしゃべりを収録していただきまして、K氏&スタッフのみなさま、ありがとうございます。2000/12/10
忘年会でダン・グエット 月曜日、ある忘年会でダン・グエット(月琴)を弾いた。
日越友好協会のホームページ作成をすることになったので、その打ち合わせをしているときのこと。担当者から「ベトナム民族楽器を弾く人を探してる人がいるよ」と聞いた。忘年会のアトラクションを企画しているのだそうだ。
しばらくして、忘年会の幹事のS氏から電話やメールをいただいた。S氏はいろいろと情報収集をしていて、メコンセンターにも行ってきたという。メコンセンターのM氏は、TG大でベトナム語を専攻していて留学中に伝統楽器を習った3人の女性を紹介。僕もS氏も、アオザイが美しい女性演奏家の方が華がありますよね、という話になった。
このTG大の奏者のみなさんは、メコンセンターの刊行の雑誌「メコン通信」今月号に大きく紹介されている。先月のベトナム人留学生のパーティで伝統音楽を演奏し、その模様が写真とインタビュー入りで紹介されている。ダンバウ/ダンチャイン/トルンの奏者の3人だ。僕は日越友好協会の会合と重なって残念ながら行けなかったのだが、見てみたかった。記事で読んで、M氏には是非、紹介してください、と言っていた。
S氏と「TG大の奏者のみなさん、僕も見てみたいですよ〜」と話していたら、忘年会に来てもいい、とのこと。ただ、いきなり忘年会に行って、あなただぁれ、では煮詰まるとなぁと思っていたら、楽器紹介の司会などしてみては、とオシゴトを貰った上、一人出れなくなったのでちょっと弾いてみては、という話になったので、ダン・グエットを持ってひょこひょこ忘年会に行ってきた。
忘年会の会場は、ディジット・ティエン・ドンというお茶の水にある新しいベトナム料理屋さん。おしゃれなレストランと聞いていたが、驚いたことに、ホーチミン市の高級ホテルのレストランのような、すごいレストランだった。僕の先生はソフィテル・ホテルやマジェスティック・ホテルで演奏しているが、そんな雰囲気。お気軽モードでやってきたので、けっこうビビってしまった。
会場でS氏の紹介でTG大の奏者の方と会った。アオザイがとても美しいお二人は、ダンバウ奏者のO氏と、ダンチャイン奏者のS氏。日本で、ベトナム伝統楽器の演奏をしている人に会えるなんて.........感動の対面だった。楽しくお話しつつ、レストランの食事をいただく。ディジット・ティエン・ドンの料理は創作風ベトナム料理でおしゃれで凝っていて、おいしい。
さて、しばらくして、デザート・タイムとなったところで、演奏タイムも開始。 通常、ベトナムのレストランで伝統音楽を演奏するときは、誰も聞いちゃいない、僕だけが楽器のそばでかじりついている、というシチュエーションが普通。でも忘年会のみなさんは、シーンと水を打ったように、こちらに注目をしてくれた。僕は司会なんてしたこともないので、ちょっと緊張してしまった。しかも、実はこの忘年会主催の会社は、なんというか、僕が専門としているような領域の会社でもあったので、どちらかといえば、そういう人の前で話すなんて、恥ずかしいという感じでもあった。
お二人の演奏は、Inh La Oi/Ba Muoi Sau Thu Chim/Long Ho Hoi/Ly Cay Bong/Nguoi Di Dau/Ma Vu。Inh La Oiは合奏で、O氏のシェン・ティエン(パーカッション)も入る。他の曲はそれぞれ独奏で、ダンバウもダンチャインもよかった。間に僕も一曲だけ、ダングエットでTinh Ca Xu Hueを。Tinh Ca Xu Hueは私の師承の母親作曲のダンチャインのための曲だけど、試しに弾いてみた。
3人ともアマチュアだし、まだまだ人前で聞かせるまでにはいかないけれど、終わった後は楽器を見に集まってきてくれて、何かが伝わったように思ってうれしかった。また、忘年会の終わりの挨拶には、「私たちの世代はベトナムには特別の思い入れがあった。今、こうして戦後生まれの学生さんが、ベトナムをこうして紹介するのを見て、これはやはり21世紀は平和な時代なのだ、という幹事からのメッセージだと理解している」と。うれしいメッセージだった。
幹事のS氏のおかげで、素敵な出会いが実現しました。心から感謝申し上げます。
さて、その後、お茶の水で3人でちょっと一杯。O氏もS氏も楽しい方で、ベトナム話から楽器の話まで盛り上がった。普段ならぜったいあり得ないベトナムネタでの盛り上がり!今後も、一緒に楽器演奏しましょう〜ということになって、たいへんよい一日だった。