昭和24年、雪の後立山連邦を遠くに、近くに北信濃五岳を真っ白な林檎の花の斜面から仰ぐ長野県須坂市に生まれました。
慶應義塾大学法学部卒業後は旧あさひ銀行に勤務していました。その後、千葉県の公立小学校の教師になり、担任、研究指導主事、教頭を経験して現在に至っています。
教師生活25年間に7回の卒業生と出会い、彼らと同じ思い出を共有できたことが教師生活の宝物です。在職中には兵庫教育大学大学院修士課程で生徒指導を、筑波大学大学院修士課程教育研究科ではカウンセリングを学びました。臨床心理士です。
千葉県総合教育センター研究指導主事を勤めた3年間は、数多くの非行少年や不登校の児童生徒たちと出会い、現在の道を選択する大きな動機づけとなりました。
また、教師生活で最も鮮烈な思い出が残っているのは、昭和60年〜63年までの3年間、在ナイジェリア日本国大使館附属ラゴス日本人学校の教頭として勤務したことです。
熱帯雨林の蒸し暑さと強烈なにおい、サハラ砂漠の砂塵、電気と水のない生活が家族全員の思い出となっています。
趣味・スポーツはスキー、車の運転、登山です。家族は、中学校の英語教師をしている妻と社会人の娘、大学生の娘と息子がおります。住まいは、夜景の美しい千葉市の幕張新都心に住んでいます。下宿生活から数えて27回目の引っ越しの後にようやく辿り着いた住まいです。どうぞ遊びにいらしてください。 |